第三章 その1
夜が明けた。スズメの鳴き声がする。
朝妃は昨晩、悠妃と同じ布団で一緒に寝た。夜中の三時ごろまですすり泣いていた悠妃はやがて寝息を立て始めたが、朝妃はまともに寝ることができなかった。
山口先生は二年前に赴任してきた先生で、この町が地元ではない。中学二年、三年の二年間担任を受け持っていた先生は明るくて親しみやすかった。
本当に先生が死んだのだろうか。ぼんやりする頭を何とか覚まそうと起き上がり、洗面所で顔を洗った。タオルで顔を拭いて、化粧水を塗っていると、スマホが鳴る音が聞こえた。
「はい」
「朝妃。大丈夫か」
柊慈だった。
「大丈夫だよありがとう、きっと柊慈が一番に電話してくると思った」
時計を見るとまだ七時前だ。
「悠妃ちゃんが第一発見者なんだって?」
「うん……。昨日は随分泣いていたよ」
いまはすやすやと布団で寝息を立てている悠妃も、目が覚めると昨日の記憶がまた蘇ってくるであろう。
「朝妃、朝刊見たか?」
「朝刊? まだだけど」
「今回のことが載っている」
「ああ……」
早いな。と朝妃は思った。昨晩、朝妃がブレーキ音を聞いたのは確か五時十五分ごろのはずだった。そういえば、学校から羽鳥の車で帰宅する頃には既にカメラを手にしたマスコミが集まっていたのを思い出す。
「見てみるよ。あ、それでごめん。昨日の事件でうやむやになってたけど花蓮はあの後どうなったの?」
「ああ。花蓮を追いかけたけど、あいつ足が速くてな。坂を下りたところで見失ってしまったんだ」
「そっか……」
「心配になったから、しばらくした後、花蓮の家に電話をかけたらお母さんが出て、ちゃんと帰っているって言ってたから、家には帰っていることは確認済みだ」
「よかった」
「今日、午前中はちょっと用事があるけど昼から花蓮の家に行ってみるわ」
「私も一緒に行こうか?」
「いや、お前は今日は悠妃ちゃんのそばにいてあげた方がいいだろ」
「……そうだね」
電話の向こうの柊慈は非常に冷静だ。いつもはおちゃらけているけど、いざという時はとても頼りになる存在である。
「大丈夫。花蓮はバカじゃないから話せばきっとわかってくれるさ」
「うん、悪いけど花蓮のことよろしく頼むね」
「ああ」
電話を切った朝妃は朝刊をとりに行くため玄関から外に出た。いつもと変わらない日常の雪景色。空は今日も曇っているが、いつもより若干雲は薄い気がした。
リビングに戻り、朝刊を広げる。地元密着の新潟新聞を開くと、そこには昨日の事件が載っていた。黒焦げになった車の写真も印刷されている。
「ええと……。二月十六日、午後五時二十分頃、里峰小、中学校の校内で車が炎上。里峰中学校の教員、山口邦彦が現在行方不明のため、警察では車内から発見された遺体がこの山口教員ではないかと、現在捜査を進めている」
そこへ、朝妃の母、朋子が顔を出した。
「おはよう、朝妃……体の調子はどう?」
第一発見者が自分の次女、第二発見者が長女という稀有な状況に昨晩は動揺した様子の朋子であったが、今朝は落ち着きを取り戻しているようだ。
「あんまり眠れなかったけど、大丈夫だよ」
「そう……」
恐らく、焼死体は身元特定の為に司法解剖されるであろう。あとは歯型などから身元を確認するか。
昨日、朝妃が燃え上がる車を発見した時は炎の勢いがひどくて、車の中がどうなっているのかまではよく分からなかった。
「私よりも悠妃が心配だよ」
朝妃の言葉に悲痛な表情を浮かべる朋子。
「そうね……」