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木蓮
松尾月乃
ミステリー推理・本格
2024年09月13日
公開日
8,436文字
連載中
銀雪の里山の小さな町にて不可解な二人の死に悩む、主人公、榎本朝妃。
たった六人のクラスメイトたちは、木下花蓮の自殺が信じられず、ただ狼狽する。

朝妃は、違う、彼女は自殺なんかじゃない。と信じて真実を見極めようとする。

もう一人の死者は担任の山口先生。
何があった!? なぜ亡くなった!? 切なくて苦しくて、静かに降る雪はただ町を白く包んでいく。
朝妃は真実を見抜くことができるのか? 松尾月乃が初めて書いたミステリー小説

序章

 序章


 銀雪が広がる里山に、すすり泣く声が静かに響く。鯨幕の貼られたその比較的新しい家を遠目に、榎本朝妃えのもとあさひは震えながら佇んでいた。


 朝妃だけではない。隣にいる同じクラスの杉愛奈未すぎまなみは涙を流しながら、どうしよう、どうしようと連呼している。いつもはしっかり者の彼女がこんなに狼狽している姿を朝妃はいままで見た事がなかった。


家の前には喪服に身を包んだ人々が参列し、焼香の順番を待っている。

 朝妃はある一点に視点を合わせたまま身動きがとれずにいた。その視線の先には「故 木下 花蓮 儀 通夜 告別式式場」と書かれた看板が立てかけられている。


「どうしよう朝妃……。私たちも行った方がいいのかな」


 愛奈未の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「行きたいけど……私たちが行ったって多分追い返されるよ」


 本来ならクラスメイトが亡くなったのだから参列するのが礼儀であろうが、加害者かもしれない自分が訪れたところで木下家の人が喜ぶはずがないと陰鬱な気持ちになる。


 その時、後ろから気配がして振り返ると、そこには制服の上からダウンコートを着こんだ陸山翠りくやまみどり団野柊慈だんのしゅうじが立っていた。


「翠、柊慈……」

「こういう時はどうすればいいんだろうな」


 柊慈がため息をつくと、冷え込んだ夕暮れの空気に白い息が漂う。


菜子なこはやっぱり来られないのかな?」

「ショックで家から出られないって」


 朝妃の質問に、マフラーを巻きなおしながら翠が答える。


「そっか……」


 無理もない。と朝妃は思う。二日連続で自分の身近な人間が死んだのだ。

 過疎化が進んだ小さな町では、九十を超えた人が二日連続で亡くなることはあっても、若い二人が突如としてこの世を去るのは初めてである。里峰中学校三年の担任、山口先生が亡くなり、翌日に三年の木下花蓮きのしたかれんが亡くなった。


 警察曰く、山口先生は事故か他殺。花蓮は自殺ということ。山口先生の方が先に亡くなったのに未だ葬儀は行われていない。他殺の可能性があるので、遺体は回収されている。

 しかし、花蓮の死にも朝妃はひどい違和感を覚えずにはいられなかった。花蓮は遺書を残していた。その言葉は心にひどく響いたが、それでも自殺は嘘だ。


 朝妃は腹の底から沸きあがる怒りと悲しみを必死にこらえていた。


「やっぱダメだわ。オレ行く勇気ない」


 そう言って翠がへたりこんだ。


「私も無理。花蓮、ごめんね」


 翠に続いて愛奈未もその場に座り込む。


「柊慈はどうする……?」


 朝妃は寒さと怒りで震えが止まらない体を柊慈の方へ向ける。

「オレ、行くわ。行ってちゃんと謝ってくる」


 雪を蹴って柊慈は歩きだす。


「あ、待って! 私も……私も行く!」


 朝妃は柊慈の後を追い、参列者の最後尾に二人で並ぶ。すると前に並んでいた人が、二人の訪問に気付いて血相を変えた。


「あんたたち、何しに来たのよ」


 朝妃の前に並んでいたのは、町の農協に勤める顔見知りのおばさんだった。

 普段は笑顔でニコニコ、朝妃ちゃん、今日も学校お疲れ様! なんて声をかけてくれる優しいおばさんの表情が今日は険しい。


「千夏さん! 花蓮さんのクラスメイトが来ているよ!」


 農協のおばさんの一つ前に並んでいた、目つきの鋭い背の高い女性がそう叫ぶと、数秒後に、喪主を務めていた黒い着物姿の花蓮の母親、千夏がずかずかと門の外へ出てきた。


「何しに来たの⁉」


 憤慨した様子の千夏に思わず萎縮する朝妃と柊慈。と、次の瞬間柊慈が膝を地面につけて四つん這いになった。


「申し訳ありませんでした!」


 つられて朝妃も同じ格好になり大声で


「申し訳ありませんでした!」


と謝った。しかし、千夏は草履を雪の積もった地面にぐいっと踏み込み


「謝って済む問題じゃないでしょう! 返して! 花蓮を返してよぉぉぉ」


 と、叫びながら泣き崩れてしまった。

 その様子を遠くから眺めていた翠と愛奈未も、隠れていた木の陰から飛び出て、二人に続く。


「申し訳ありません!」

「申し訳ありませんでした!」

「いくら謝られても、花蓮は返ってこない……。花蓮、花蓮……」


 雪につけた手のひらがジンジン痛んで赤くなっていくのを我慢しながら朝妃は必死に涙をこらえていた。


 千夏の慟哭する声が町中に響き渡り、近くにいた参列者も目をハンカチで押さえていた。若すぎる死。木下花蓮は僅か十五歳でこの世を旅立った。


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