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第3話

「おはようございます。」

「おはようごうざいます。薫先生。」

今日は髪をお団子ヘアにしている。これは髪の毛をセットする時間がなかった日にする髪型だ。朝の準備を始める頃にはまたいつものように登園してくる子どもたちが。



「薫せんせー!!」

「あ〜、みかちゃんおはよう。」

今日はみかちゃんは両手を広げて抱っこされに来た。一番大きいクラスの子どもは本音をいうともう抱えるのが大変だけど、これはある種の嬉しい悲鳴。自分のことをこんなにも満面の笑みで頼ってくれる子どもがいるんだから。



いつもはお父さんにベッタリのみかちゃんが今日は自分にべったりだ。お父さんはこれ幸いにという感じで、弟のたくむ君の準備をして、やってくる。

「みか。用意自分でするんだぞ。お父さんもう仕事だから。」

「…。」

「?」

いつもは返事をしたり、ふざけてみせるみかちゃんが何故か黙る。それにお父さんもいつもこの少しの時間、口では急ぐと言いながら大切にしてるのそそくさと去ろうと背中を向けた。



「あ、お父さん。」

「はい?

「お迎えは?」

「ああぁ。いつもと同じで妻が来ます。」

そう告げるとお父さんは去っていった。その声が、背中がいつもより冷たく感じだ。



ぞくぞくと登園してくる子どもも居て、あっと言う間にいつもの保育園の姿。忙しさに一旦このみかちゃんのお父さんのことは忘れることになった。



「今日は、ぶどう組は絵本タイムの日です。」

「はーい!!」

今日の行事で子供達は集会室の本を次々にとっては選んでいく。



そんな中みかちゃんは椅子に座ってお気に入りの絵本を手にしていた。

「みかちゃん!」

「何?」

「じゃん!!」

「あ、私のスマホ!」

「そう、先生作ってきたんだ〜。」

「あ〜、ありがとう!!せんせー好きー!!」

小さな腕がぎゅっとわたしを包んでくれる。このときの瞬間がたまらなく愛おしい。しかし、その腕が赤い。そしてただれている。



わたしは言葉を失いぎょっと驚いてしまった。二の腕の内側。こんな場所がどうして。

「みかちゃん!これ、どうしたの!?」

「!…これね…、お父さんと…失敗したの。」

「お父さんと…失敗?」

わたしが尋ねるとみかちゃんはなぜか口をつぐむ。



「…。」

わたしの記憶の中に幼き日の自分の姿が。

こういうときは言葉がでないのだ。

理由は知っている。子どもは無条件に親が好きだから。親を傷つけまいと、言いたいことを我慢する。ふざけたり、信頼がある悪口ではない。本気の傷こそ隠すものだ。



「…みかちゃん。」

「…?」

「昨日はご飯何食べたの?」

「昨日はね…カップ麺作ったよ。」

「カップ麺…。この間はお寿司作ってみたとか言っていたね。」

「うん、わたしはカップ麺も好きだから。」

みかちゃんはそう言うとわたしたスマホと絵本の中に没頭するようにわたしから離れた。



知っている。

みかちゃんのお父さんは比較的育児に協力的である。だからお寿司を作ったり、オムライスで卵を割ったり、弟のたくむ君がブロッコリーを運ぶとき、お皿が熱くて落として割ってしまったことも。丁寧な会話に情景が浮かぶ。そしてそんな人からは想像もつきにくい、エピソード。見慣れない傷。傷も大体は朝に報告があるし、忘れてても基本は子どもからするものだ。それすらない。傷のつきにくいところもそうだ。



こういうとき、人は平然を装う。関わりの少ない人には見抜けないような。そして周りが気づく頃には溝が深くなっている。そして修復は傷が深いほど困難なものだ。



わたしが…かつて経験した、それと同じ。



虐待。



《…みかちゃん。待っててね助けてあげるから!》

私のような経験をするこは一人でも減らさないと。私は心に決めてすぐに行動をしていた。

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