「おはようございます!」
私は門扉を開けて園庭を歩き進んでいく。一つに結んだ髪が歩くリズムに合わせて揺れている。そんな私に細い目をした優しい顔立ちでパーマを掛けた年上の女性が声を掛ける。
「薫先生、おはようございます。」
「園長先生。お疲れ様です。」
「今日はぶどう組のお芋掘りの時間があるから、よろしくお願いしますね。」
「はい!」
私は薫。この保育園で保育士として働いている。
ずっと保育関係の仕事に就きたいと思っていた私にはこれ以上にない職場だ。もちろん給与が良かったりするわけではないし、近年は保育士を取り巻く環境は悪化する一方だ。それでも私は子どもに関わる仕事がしたかった。
過去に色々あった。うまく親に甘えられない子にとってはこういった場所で頼れる大人がいることが大きな救いになることを多分私は誰よりも痛感しているから。
そんな強い覚悟をもって配属されたこの保育園は昨今の問題とはむしろ対照的で、労働環境も良いし、同僚の人間関係こまったことも少ない。更に子どもたちやその保護者たちも良い人ばかり。変な話この環境ならば保育士になりたい人も増えるんじゃないかと思うくらいだ。
7時を回ってくると園には子どもたちとその保護者が姿を現してくる。
「…薫先生ー!!」
「あ、みかちゃんおはよう。」
「おはようございます。」
「たくむ君もおはよう。」
園庭を駆け抜けて手を振って走ってくるのはみかちゃん。私の担当する5歳、6歳児クラスの女の子だ。大きな瞳に活発な笑顔は園でも人気で評判の子。そしてこの家は決まってお父さんが朝子どもを園に連れてきて、お母さんが迎えに来る。
「…薫先生おはようございます。」
お父さんは私に挨拶を交わすとみかちゃんの弟のたくむ君のクラスへ。
「先生!今日はお芋掘りするんだよねー!」
「そうだよ。みかちゃんのおいも育ったかな!?」
「私おいも好きー!この間お父さんにスーパーで買ってもらった!」
みかちゃんは私に抱っこを求めながらニコニコとして話してくれる。
「みか!また先生にそんなしがみつかないよ!ほら!今日の着替えをお着替え箱に入れておいで。」
「お父さん!抱っこ!」
「…抱っこじゃないよ。」
お父さんはそういいながらもみかちゃんを大事そうに抱っこをしてクラスの方へ。
「お父さん、お迎えは。」
「いつもと同じで、妻が18時に来ます。」
「はい、わかりました。」
「それじゃお願いします。」
お父さんは会釈をすると軽く駆け足で園をでていく。
「…いいわよね!みかちゃんのお父さん。」
隣に来たのは先輩で同じクラスの担当をしてる美香先生だ。
「あんなに育児に積極的で、私の旦那とは大違い。」
「ねぇ、いつもみかちゃんやたくむ君、家のお父さんの話してくれますから
。」
「たまーに、保育園だけ良い親を演じようとする人もいるけど。」
「お子さんの様子や、荷物の準備の仕方が違いますからすぐに分かりますよね。」
「そうそう、今日だってちゃんとお芋掘り用の着替えをもってくるから、家で子どもたちと話をちゃんとしている証拠。」
美香先生は腰に手を当てる。そして思い出したように私を見た。
「薫先生。」
「はい?」
「例の彼氏は?」
「…ああ、そのままですよ。」
「…あんな旦那に育て上げるのよ。」
「まだ旦那でもありませんよ。」
そんな会話をして今日も1日が始まっていく。
これが職場での私のいつもだ。