ルドヴィックはうつむきがちに話し出す。
「実は俺、エミリーとの喧嘩のことを、ローズマリーに相談してたんだ。そのおかげでエミリーと仲直りすることができた。ローズマリーがいなかったら、きっと今でも俺はおまえと毎晩飲んだくれてたよ。それで、エミリーとは取り返しのつかないことになっていたかもしれない。……うん、きっとそうだ。考えただけで恐ろしいけどな」
大袈裟に話すルドヴィックに、私は苦笑する。まさかルドヴィックがそんなふうに思ってくれてただなんて知らなかった。嬉しいけれど、さすがに言い過ぎだ。
「ルドヴィックってば、さすがにそれは大袈裟だよ。私はちょっとしたきっかけをあげたくらいだと思うよ?」
しかし、それでもルドヴィックは首を横に振った。
「そんなことはない。俺は、ローズマリーの言葉に心を動かされたんだ! 感動したんだよ!」
ルドヴィックは語気を強めて言った。
「感動って……」
私は曖昧に微笑む。
「なんていうかさ、ローズマリーは俺たちとは少し、見てるものが違う気がするんだよ」
「……え、そうかな?」
私は首を捻る。じぶんではよく分からない。
「上手く言えないけど、ローズマリーには、俺たちが気付けてない本質が見えてる気がするっていうか。価値観がこの国の人間じゃないような不思議な感じがするんだよな」
確信をつくようなルドヴィックのひとことに、どきりとした。
「とにかく俺は、ローズマリーにめちゃくちゃ感謝してるんだよ!」
「う、うん……ありがとう」
こうもストレートに言われると恥ずかしくて否定したくなるが、これ以上謙遜するのはむしろルドヴィックに失礼になる。
むず痒い気持ちになりながら礼を言い、私はさらに続けた。
「でも、それを言うなら私こそルドヴィックに感謝してるんだよ?」
ルドヴィックがきょとんとする。
「ローズマリーが俺に? いや、それはおかしいぞ? だって、俺はなにもしてない。それなのに、なんでローズマリーが俺に感謝するんだ?」
眉を寄せ、首を傾げるルドヴィック。こちらは謙遜というより、本当に自覚がないらしい。ルドヴィックらしいといえばらしいが。
「私ね、あれからルドヴィックが話しかけてくれるようになって、ここにいることが怖くなくなったの」
「怖くなくなった……?」
「ほら、私ってさ、いつどうなるか分からない身分でしょ?」
「……あぁ」
やんわり私の置かれた状況を伝えると、ルドヴィックは表情を曇らせながら頷いた。
「ルドヴィックと知り合う前までは、じぶんが死ぬ瞬間のことばっかり考えちゃって、結構びくびくしてたんだよね」
私は、生き直すと決めてローズマリーと人生を交換した。
しかし、ローズマリーは死刑囚。いつ死ぬか知れない立場である。
気を抜くと、すぐにそのことが頭をよぎり、私を深い闇へと引きずり込もうとする。けれど、ルドヴィックと仲良くなってからは、そのことを思い出す時間がずいぶん減ったように思う。
ルドヴィックが押し黙る。なんと言ったら良いのか、分からないといった顔をしていた。その表情を見て、私はハッとする。
まずい。変な空気にしてしまったかもしれない。
「つ、つまりね、なにが言いたいかって言うと、ルドヴィックがこうして話に来てくれるだけで、私は安心するんだよってこと」
空気を変えようと努めて笑顔で言ったのだが、ルドヴィックの表情は暗い。
「ローズマリー、俺は……」
ルドヴィックがなにかを言いかけた、そのときだった。
「――そう、だったのか」
それまで黙って私とルドヴィックの会話を聞いていたテオが呟いた。
「正直俺、ずっと不思議に思ってたんだ。こいつときたら、つい数日前まで奥さんの……エミリーさんの不満ばっか垂れていたのに、あるとき突然仲直りしただなんて言って、飲みの誘いを断り出すものだから。でも、今話を聞いて納得した。エミリーさんと仲直りできたのは、彼女に相談してたからだったんだな」
ルドヴィックがテオを見る。
「つまり、おまえがここに俺を連れてきたのは、じぶんと同じように、彼女に話を聞いてもらおうとしたのか」
それならそうと初めから言ってくれたらよかったのに、と、テオがルドヴィックに言う。するとルドヴィックは、肩を竦めながら「悪い」と苦笑した。
よかった。仲直りできたようだ。
ほっこりとその様子を眺めていると、ルドヴィックがそれまでの苦笑を収め、それで噂のことだけど、と、新たな話を切り出した。その瞬間、テオの表情がふっと曇る。
「……もういいって、そのことは」
しかし、ルドヴィックは引かない。
「よくないよ。おまえ、ずいぶんあの噂にやられてるだろ」
ルドヴィックの真剣な眼差しに、テオは目を逸らす。
「……そんなことは」
否定しようとするテオの言葉を遮るようにして、ルドヴィックは言った。
「テオ。いいか? 噂ってのはな、所詮噂なんだよ。俺も、ローズマリーとこうしてちゃんと話すまでは、世間の言うローズマリーの噂をまるきり信じてた。でもな、話して分かったよ。ローズマリーは本当に良いやつだった」
ルドヴィックの真剣な眼差しに、テオは押し黙った。わずかに疑うような眼差しをしながら、ちらりと私を見る。
「……なにが言いたい?」
「今日、俺がテオをここに呼んだのは、ローズマリーに会ってほしかったからなんだ」
「……会ってほしかった?」
テオは眉を寄せ、私を見た。私も困惑しつつ、ルドヴィックを見る。
「テオの目から見たローズマリーがどんなひとか、確かめてほしかったんだよ。俺が話を聞くより、ローズマリーと会ったほうが、ずっと元気になれるんじゃないかってな」
ルドヴィックの言葉に、テオはハッとしたように私を見た。
ルドヴィックがなぜテオをここへ連れてきたのか、私もようやく理解した。
つまりルドヴィックは、テオに、私が本当にみんなが噂するとおりの悪女なのか、その目で見て確かめてほしかった、ということなのだろう。
噂なんてくだらないものだと、そう伝えたかったのだ。
私の横で、テオが息を吐いた。深く、長い息だった。
「……なんだ。そういうことだったのか。てっきり俺は、ルドヴィックが荒療治で俺の女ぎらいを治させようとでもしてるのかと……」
テオが言うと、ルドヴィックが慌てたように首をぶんぶんと横に振った。
「そんなわけないだろ! 俺はそんな、テオの気持ちを考えない行動はしないよ!」
「……ま、そうだよな」
テオが小さく肩を揺らして笑う。ルドヴィックもふっと表情を緩めて頭を掻いた。
「……でもまあ、いきなりこんなところに連れてこられたら驚くのも無理はないよな。……配慮が足りなくて悪かった、テオ」
ルドヴィックが謝罪すると、テオは穏やかに首を横に振る。
「……いや、いいんだ。俺も誤解した。ごめん」
それから、とテオが私を見る。
「ローズマリーも、いきなりいやな態度をとってごめん」
不意に水を向けられ、私は慌てて首を横に振った。
「あ、ううん……私はべつにぜんぜんかまわないけど! でも、それよりその……ふたりがさっきから話してる噂って、なんのこと?」
ふたりの会話は、事情を知らない私にはなんのことやら、だ。いい加減私にも分かるように説明してほしい。
訊ねると、テオが話してくれた。
――テオ・デュパルク。
ルドヴィックの同期であるテオは、現在、とある噂に悩まされているということだった。
それは……。
「え、だ、男色?」
思わず驚きの声を上げた私に、ルドヴィックが頷く。
「そうなんだよ。最近、テオが実はそうなんじゃないかっていう噂が、宮中で広まっていてだな……もちろん、根も葉もない噂なんだけど」
そう。テオの悩みは、男色なのではないかという疑いをかけられているということ。
男色とは、男性同士の性愛を指す言葉だ。
モテるあまり、女性たちから日常的にストーカー紛いの行為を受けていたことが原因で、女ぎらいになったというテオ。これまで、じぶんに好意を抱いた女性のことは、言葉を選ばず拒絶し、遠ざけてきたという。
話を聞きながら、私はついさきほどまでのテオの態度を思い出す。
私を嫌悪するような眼差し。威圧的な口調。
なんとなく、噂を流される原因は理解できる。
「つまり、近付いてきた女の子たちを手酷くふりまくっていたら、ふられた女性たちが逆恨みして噂を流し始めたってことだよね。で、そのせいで、テオは肩身の狭い思いをしていると」
「そのとおりだ」
ルドヴィックが深く頷く。私は唸る。
「……私の場合、女だから、どうしても女目線の物言いになっちゃうけど……でも、さっきのテオの態度は、そうなっても仕方ない気がする。初対面であの態度はさすがにないよ。めっちゃ感じ悪かったもん」
私は本音を告げた。
「実際面と向かって言われるとダメージ大きいな……」
テオは苦い顔をして、額を押さえている。どうやら、本人にも自覚はあるようだ。私の言葉に明らかに落ち込んでいる。言い過ぎただろうか。
「……ご、ごめん」
「いや、いい」
謝ると、テオはぶっきらぼうに返した。言いかたに若干棘が含まれているような気がして思わず黙り込むと、テオは続けて「事実だからな」と呟いた。
それで気付く。
彼は、もともとこういうしゃべりかたをするひとなのではないか、と。