それにしても、である。
――きれいなひとだなぁ……。
私は思わず、青年のその美貌に見惚れた。
青年は二十代半ばくらいだろうか。ルドヴィックと比べるといくらか華奢だが、色白で綺麗な顔をしている。長髪ということも相まって、騎士服を着ていなかったら、女の子かと見間違ってしまいそうなほどの美貌だ。
アベルと出会ったときにも思ったが、この王国の騎士はみんな細身なのだろうか。ルドヴィックは体格はがっしりとしているが、王宮に常駐する牢獄付きの監視官であって遠征などにも行く騎士ではない。
私はこれまで、騎士といえばルドヴィックのような屈強な男性をイメージしていたけれど、その認識は間違っていたのかもしれない。
「ローズマリー、紹介するよ」
と、ルドヴィックが青年を私に紹介してくれた。
「こいつは俺の幼なじみのテオ・デュパルク。王宮騎士をやってる。気軽にテオって呼んでやってくれ」
ルドヴィックに紹介されたテオは、不貞腐れた顔をして、「勝手に決めるな」と呟いた。
私とは一切目を合わせようとしない。まあ、彼にとったら私は罪人。仕方ないのかもしれないが。
しかし、ルドヴィックが紹介してくれた手前、挨拶を返さないわけにはいかない。
私は努めて笑顔で、
「はじめまして、テオ。私はローズマリー・ベリーズ。よろしくね」
挨拶をすると、テオはちらりと私を見て、再び視線を逸らした。
無視である。まあ、こうなるだろうとは思ったが。
「おいテオ。失礼だろ」
「なにがだよ」
間髪入れずテオが言い返すと、ルドヴィックは呆れたような目を向けた。
「せっかくローズマリーが挨拶したんだ。おまえもなにかひとことくらい……」
「はあ? なんで俺が罪人ごときに挨拶しなきゃならないんだよ。俺は騎士だぞ」
テオは呟くようにぼそっと言った。私を軽蔑するような目で見ながら。
「…………」
――え、なにコイツ。めちゃくちゃ感じ悪いんだけど……?
さすがにムッとして、私はルドヴィックを見る。すると、私の視線に気付いたルドヴィックが誤魔化すように笑みを浮かべた。口パクで、「すまん」と言った。……たぶん。
――いや、すまんじゃないよ。なんとかしてよこの空気。
という念をルドヴィックに送っていると、テオがおもむろにルドヴィックへ言った。
「それよりルドヴィック。俺はもう帰っていいか」
「は? なんでだよ。今来たばっかだろ」
「おまえが来いって言うから来たが、ここへ連れてこられた意味が分からない。それに、いる意味も分からない。つまり、帰ってもいいよな?」
「良くない良くない!」
「だったら説明してくれ。なんで俺をここに呼んだのか」
テオがうんざりしたように言う。
言いかたはどうあれ、テオの言い分も分かる。私も疑問に思っていた。
ルドヴィックは、そもそもなんで私にテオを会わせたかったのだろう。しかも、テオの話から察するに、テオ自身、なぜここに連れてこられたのか理解していないようだ。
「俺はおまえが話があるっていうから、ここに連れてきたんだけど」
「はあ!? まさかおまえ、ここで俺に相談ごとを話せっていうのか!?」
テオが声を荒らげた。その声に驚いたのか、ルドヴィックがびくりと肩を揺らす。
「だ、だってテオ、言ったじゃないか。知り合いがいないところがいいって」
言い訳のように言うルドヴィックに、テオが額を押さえてため息をつく。
「たしかに言ったけどさ……でも、俺はいつものようにおまえとふたりで呑みに行くつもりで声をかけたんだけど?」
「え、そうだったのか?」
「そうだよ! 当たり前だろ!」
しかし、ルドヴィックはきょとんとしている。その顔を見てテオは額を押さえ、やれやれと深いため息をついた。呆れているのが、空気で分かる。
「考えなくても分かれよ。なんで俺が、見ず知らずの、しかも罪人の前で個人的な相談をしなきゃなんないんだよ! そもそも俺が女ぎらいだってこと、おまえ知ってるよな!?」
言いながら、テオは不機嫌そうに視線を流した。ぱちっと目が合う。気まずさを感じたのか、テオはごほんと咳払いをひとつして、ルドヴィックに視線を戻した。
「……俺はただ、おまえに話を聞いてもらいたかっただけなのに」
「それは、俺だってそのつもりだったさ。だから……」
「それにしたって、牢獄はないだろ!?」
しかも彼女、あのローズマリーだろ!? 今世紀最悪の悪女じゃないか! おまえは俺にトラウマを植え付けたいのか!?
そう、テオは顔にはっきりとした嫌悪を滲ませて、ルドヴィックに耳打ちする。後半、声が小さくなっているのは、さすがに本人に聞こえるように言うのは申し訳ないと思ったからだろう。
しかし、いくら小声でも、目の前で会話をされたらさすがに聞こえてしまうのだが。
脱走防止のためか建物の構造上致し方ないことなのかは知らないが、特にこの牢獄内は声や物音が大きく反響するようになっているのだ。
つまり、今私は非常に気まずい状況に立たされている。
そうこうしているうちに、言い合いが始まってしまった。
困った私は、口を挟まずそっとその様子を見守る。
それにしても、だ。
――罪人かぁ……。
テオが発したひとことは、鋭利な棘となって私の胸を突き刺した。
仕方のないことかもしれないが、やっぱり私はこの世界のひとには悪女として認識され、疎まれているらしい。
「テオの言うことも分かるけど、噂が噂なんだ。今俺といるのは逆効果だと思ったんだよ」
「だからってなんでここなんだよ? 罪人になら俺の悩みは聞かれてもいいっていうのか? ルドヴィックがそんな薄情なやつだったとは知らなかったよ!」
テオはとうとう、私だけでなくルドヴィックにまで苛立ちをあらわにし始めた。
「だからそうじゃなくて、俺は……」
次第にルドヴィックも苛立ってきたのか、声を荒らげ始める。
さすがにこれ以上はまずい。
「ちょっと、落ち着いてよふたりとも」
たまらず間に入るが、ヒートアップしたふたりは止まらない。
「俺だって心配してやってんのに、そんな言い方ないだろう!」
「心配? いやがらせの間違いだろ?」
「なんだと!? この野郎!」
「ふたりとも落ち着いてってば!」
「うるさい!」
「そうだ。部外者は黙ってろ!」
テオのみならず、ルドヴィックまでもが私に言い返す。
「はあ!?」
これにはさすがにカチンときた。
「いい加減にしなさい!」
私はふたりの前に仁王立ちする。といっても、檻越しにだが。
「部外者ってなによ! そもそもあんたらがわざわざここに来て喧嘩を始めたんでしょーが!」
思わず言い返すと、ふたりはようやく押し黙った。静まり返った空気に、私は長く息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「……私は、ふたりの言い合いの理由も原因もまったく知らない。でも、これだけは分かるよ。ルドヴィックは喧嘩するためにテオと私を引き合わせたかったわけじゃないよね?」
「あ、あぁ……」
ルドヴィックへ顔を向けると、ルドヴィックは言い訳を探す子どものように気まずそうに頷いた。まったく仕方のないひとだ。
「だったら冷静にならなきゃ。怒鳴ったってなんにもならないよ」
「……そのとおりだ。すまん、ローズマリー」
頭を搔きながら申し訳なさそうにするルドヴィックに、私は小さく笑って首を振る。
「……私のことはいいけどさ、ルドヴィック。テオはそもそも今の状況を分かってないから混乱してるだけだと思うよ? まずはちゃんと話をしようよ」
諭すように言うと、ルドヴィックはしゅんとしたまま頷き、テオに向き直った。
「……実はな、テオ。俺がエミリーと仲直りできたのは、ぜんぶローズマリーのおかげなんだよ」
するとテオは、怪訝そうに眉を寄せてルドヴィックと私を交互に見つめた。
「……どういうことだ?」