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第15話

「俺がいるだろう」

 俯いていると、アベルが呆れたような声で、少し苛立ったような声を上げた。顔を上げると、宝石のように美しい碧眼が私を見ていた。

「アベル……?」

「お前は無実なんだろう。それなら、そんな簡単に諦めるな」

「そんなこと言ったって、私はここから出られないんだよ。私にどうしろっていうの」

 食ってかかる私に、アベルはひとつ息をつき、私を抱き締めた。

 一瞬、なにが起こったのか理解できずに、私は身を固くした。すぐにアベルの優しい手のぬくもりだとか、ゆったりとした息遣いが聞こえてきて、徐々に心が凪いでいく。

「落ち着け。俺も協力するから」

「……アベル……」

「目を閉じて、息をしろ。ゆっくりでいいから」

 言われたとおり目を閉じ、深呼吸する。

「俺は、お前を信じると決めた。お前が拘束されている今も、キャンディは国中に拡散されている。つまり、ほかに犯人がいるのは明らかだ。だから、そう焦るな。俺が調べるから」

 アベルの穏やかな声に、少しだけ冷静さを取り戻す。私はアベルの腕のなかで、何度も頷く。

「……うん、そうだよね。諦めたら終わりなんだもんね……」

 私は目を閉じ、息を吸う。

 この身体は、ローズマリー・ベリーズのもの。ローズマリーを助けるために、私は今こうして生きているんだ。

「とりあえず、キャンディの供給を止める」

「うん」

「それから、キャンディの効能を消すための解毒薬を配る」

 アベルの言うとおり、キャンディの効能を消すことが、私たちがすべき第一優先事項だ。

「それなら、まずは王宮のひとたちからになるよね?」

 国のことを考えると、まず要人を先に解毒する必要がある。

「そうだな。……なんだ、ちゃんと冷静になれるんじゃないか」

「あ、当たり前でしょ。じぶんの命が懸かってるんだから」

 それなら最初から心配させるなよ、と、アベルが微笑んだ。不意打ちの甘い笑みに、どくんと心臓が揺れる。

「わ、私だって取り乱すことくらいあるよ」

「……ま、それもそうだな」

 アベルが優しく笑う。

「そ、それで、どうする?」

 私は動揺を悟られないよう、本題に話を戻す。

「あぁ、王宮内の人間にはすぐに解毒薬を配るよう、部下に伝える。だが……問題は、民衆だな。正直、街に住むひとりひとりにまで解毒薬を配っている余裕も時間もない」

「それはそうよね……」

 今すぐに街の人間全員の解毒薬を調達する余裕はないだろう。

 しかし、ことは一刻を争う。

 さて、どうしたものか。

 私は考える。

「ねぇ、さっきの話だと、魔法の効果はとりあえずキャンディを摂取しなければ薄れるんだよね?」

「あぁ」

 アベルが頷く。

 この世界での魔法は、私がいた世界の薬と効能が似ている気がする。とすると、キャンディを薬だとして考えればいい。

「それなら、キャンディの供給をストップするだけじゃなくて、街に出荷されたキャンディをすべて回収するのは?」

「回収か」

 なるほど、とアベルが頷く。

「それと同時に、キャンディを売っていた店に水を配るのはどうかしら?」

「水? ……キャンディの回収は分かるが、水など配ってなにになる?」

 アベルが怪訝な顔をして訊ねた。

「なんとなくだけど……水分を取ることで、体内の魔法が薄まったりするのかなって。水ならコストは解毒薬ほどはかからないでしょ?」

 アベルはしばらくその場でじっと考えて、私を見た。

「なるほど、それならたしかに……一度、医官に相談してみよう」

 よかった。少しはアドバイスになったようだ。

「はい!」

 アベルは取り急ぎ、牢獄を出ていく。牢獄を出る直前、アベルが振り返って私を見た。

「……ありがとう。助かった」

 アベルからの礼に、胸が熱くなる。

「う、ううん、私こそ、ありがとう……!」

 再びひとりになった私は、ベッドの上で息を吐く。

「…………」

 アベルがいなくなるまでは、なんとか平静を装っていたけれど……。

 どくどくと、再び心臓が早まっていく。

 急な展開で危うく死を受け入れそうになってしまったけれど……。

 まさか、アベルがあんなふうに言ってくれるだなんて、思いもしなかった。

 アベルに助けを求めたことは、間違っていなかったのだ。

 アベルは私を信用して、調べてくれていた。少なくとも、アベルも私の事件について、キャンディの魔法にかけられながらも引っかかりを感じていたということになる。

 だれも、ローズマリーのことなんて気に止めていないと思っていたけれど、そんなことはなかったのだ。

 しかし、感動も束の間、私はすぐに現実に戻る。

 現状は、かなり厄介なことになっている。

 まず、早急に犯人を見つけなければ、王宮の信頼にかかわってくる。現在のリカール王国は、何者かに操られている可能性が非常に高い、ということになるからだ。

 そして、それはおそらく、ローズマリーの失脚にも絡んでいる……。

 あくまで可能性だが、システィーナ暗殺未遂には、ローズマリーの失脚のほかになにか別の意図があるのかもしれない。

 私はアベルの話を思い出す。

 だれがなんの目的でこんなものを……。

 今はまだ謎が多いけれど、ぜったいに犯人を見つけて、私に突きつけた罪を突き返してやるんだから……!

 私は再び覚悟を決め、拳を握った。



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