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第13話

「マヤク? なんだ、それは」

 ひとり百面相をしていると、アベルが怪訝そうな顔を私に向けていた。

「あ……いや、なんでもないよ。気にしないで」

 咳払いをして、我に返る。

 それにしても。

「たとえ知らないうちとはいえ、国を運営する立場のひとたちがキャンディ(麻薬)を日常的に摂取していたって、相当に危ない話だよね!?」

「そうだな。国全体が、正常な思考を失っているということになる。もし今、判断能力の鈍ったリカール王国に、他国が攻め込んできたとしたら……」

 想像した瞬間、まるで背中に氷を落とされたかのように、ひやりとした寒気が走る。

「間違いなく、リカール王国は終わるわよ……!?」

 アベルが神妙な面持ちで頷く。

「それに、軍部だけではない」

 ハッとする。

 そうだ……。街にまで広がっているということは、街で商いを生業とするひとたちにも、かなり大きな影響を与えているということ。

 もし、国防と経済が壊れたとしたら、この国はすぐに立ち行かなくなるだろう。

 なんてことだ。私は青ざめた。

「いったいだれがこんなこと……」

 ひとりごとのつもりで呟いた私のセリフに、アベルが律儀に反応する。

「分からない。だが、このキャンディを作ったのは、おそらく相当な力を持った者だろう。調べたところ、王宮だけでなく街でも数万個ほどの数が確認された。ただのキャンディとはいえ、これだけの量に魔法をかけ、街にばらまくのは並の魔術師ではできないことだ。今、部下に頼んで全力で回収にあたっているが、なにしろ依存性が高いから、隠して転売する輩も出てくるだろう」

 どこまで回収できるか……と、アベルが苦悶の顔をする。

「依存性……」

 ふと、私はとあることに気付いた。

「そういえば、アベルもそのキャンディを舐めていたんだよね? 大丈夫なの?」

 依存性が高いなら、一度でも摂取してしまえば、キャンディの虜になってしまう可能性もあるということだ。それならば、同じくキャンディを摂取したことのあるアベルは大丈夫だったのだろうか。見上げると、アベルは苦笑交じりに頷いた。

「俺は大丈夫だ」

「そうなの……?」

「あぁ」

 アベルはあまり甘党ではなく、キャンディも二、三度しか食べたことがなかったという。そのため、常に魔法にかけられている状態ではなかったのが幸いだった。

「昨日、おまえの話を聞いて、あらためて状況を考えたんだ。しかしきっと、おまえの告白がなかったら、俺はあのまま流されていた。おまえのおかげでじぶんの過ちに気付けたんだ」

「私の話で……?」

 あぁ、情けない話だがな、とアベルが自嘲気味に笑う。

「それで、昨日医官に相談したところ、すぐにキャンディの解毒薬を作ってくれた。おかげで、俺のほうはもう心配はいらない」

「そう、よかった……」

 ホッと息をついた私の横で、しかしアベルは苦い顔をしている。

「よくはない」

 私は首を傾げる。

「……どうして? 早々に気付くことができたんだから、よかったじゃない」

 疑問に思いながらも訊ねると、アベルはやはり強く首を振った。

「そんな簡単な話ではない。俺はリカール王国第一王子の秘書官兼騎士だ。王子を守らなければならない立場であるにもかかわらず、こんな得体の知れないものを食べてしまうなんて……不覚だった。もっと注意すべきだった。俺は、秘書官失格だ」

 そう、アベルは深い後悔を滲ませた声を漏らす。

 知らないうちとはいえ、王子の秘書官兼騎士であるじぶんが麻薬を摂取させられていたとなれば、それはショックだろう。

 だけど、アベルがじぶんを責めることは違うと、私は思う。少なくとも、今の私は。

「……私は、アベルは悪くないと思うよ」

 ゆっくりとアベルが顔を上げた。

「悪いのは、この魔法キャンディを作って配ったひとだよ。そこはぜったい、間違えちゃいけないところだと思う」

 私は噛んで含めるように言う。

「それに、注意することで気付けた事案ならまだしも、今回に限ってはそれも難しい。それなら、アベルが気にすることはないよ。私たちは完璧じゃない。気付けないことのほうが、きっとずっと多いんだよ」

「だからといって、仕方ないというひとことで終わらせていいことじゃない。これは、国の存続がかかっている」

「……そうかもしれない。でも、実際そうなんだよ」

 仕方ない、で終わらせなきゃいけないときもあるのだと、私は思う。そのできごとに対して責任がないというのではなく、ただ、そういうこともあるのだと。

「しかし……」

 それでもアベルは、まだ納得がいかないような顔をしている。

 アベルとはまだ出会って間もないけれど、なんとなく、彼の性格が分かってきた。

 アベルは、誠実で責任感が強い。

 たったひとりで責任を背負うことを当たり前だと思い、失敗したら他人ではなくじぶんを責める。

 その姿は、凛々しくありながらも、どことなく過去のじぶんを想起させた。

 目を閉じる。

 今のアベルは、あのときの私と同じだ。だとしたら、きっと今、アベルはとても苦しんでいる。このまま見て見ぬふりはできない。

 どんな言葉なら、彼に届くだろうか。

「……もちろん、アベルの言うとおり、仕方ないという言葉で済ませるのもきっと違う」

「当たり前だ。国の存亡がかかっているのだから……」

「うん。だからこそね、アベルがひとりで抱え込むことじゃないと思うんだよ」

 私たちは、ひとりではなにもできない。

 だけど、ひとりの力ではどうしようもないことも、だれかといっしょならできたりする。

「だれかと……?」

 頷き、私は微笑む。

「私は、ひとりだとなにもできない。だからアベルに打ち明けたの。助けてって。そうしたら、アベルがこうして、私のために動き出してくれた」

 アベルに本心を打ち明けなかったら、きっと私は、今もここでひとりだった。

 未来は変わるのだ。ほんの少しの勇気と、行動で。

「…………」

 アベルを見る。まだ、納得していない顔だ。アベルは結構頑固なひとのようだ。

 んー、どうしよう。

「……アベルってさ」

 これは言わないほうがいいかと思ったのだが、仕方がない。私は意を決して、アベルに告げる。

「ずいぶんプライドが高いんだね」

「……はぁ?」

 ストレートにぶつけると、アベルの眉間にさらに深い皺が刻まれた。

「だってそうでしょ。そもそもこういうときって、じぶんに自信があるひとしか落ち込まないものだよ」

 アベルの目が泳ぐ。

「……え、いや……そんなことは……ないだろう……?」

 否定しながらも、語尾がしりすぼみになっている。

 私は、私自身の過去へ思いを馳せながら、アベルに向き合う。


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