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第12話

「食べるな!」

 ものすごい剣幕で、アベルに手を掴まれた。

「きゃっ!?」

 その拍子に、キャンディがポロッと手のなかから滑り落ちる。

「あぁっ……!!?」

 私は呆然と、手から滑り落ちていったキャンディを見下ろした。冷たいタイルの上に、キャンディが転がっている。

 キャンディ……! 私の、キャンディが。

 呆然としたのは一瞬。すぐに私は、キッとアベルを睨んだ。

「ちょっと……!?」

 いきなりなにするのよ! 新手のいやがらせなの!? と言うべく顔を上げた私は、アベルの顔を見て息を呑んだ。

 アベルは青白い顔で、しかし眼差しだけは強く、睨むように私を見下ろしていた。

「ア、アベル……?」

 予想外なアベルの様子に、私は困惑する。

「いい加減にしろ!」

 息を呑む。アベルは怒っていた。

「ご、ごめ……なさ……」

 謝ろうとする声が震える。掴まれた手が痛い。

 じんじんと痛みが滲む手首に、私は男性の力の強さを再認識して、不意に現代でのトラウマを思い出した。

 アベルの形相がかつての上司とリンクして、身体が硬直する。呼吸が浅くなっていく。

 ヤバい。目眩がする。

 大丈夫。落ち着け、私。彼は違う。彼は違うから、大丈夫。

 私は深呼吸を繰り返す。

 しきりに深呼吸を繰り返す私の様子に、アベルはハッと我に返ったように手を離した。

「……悪い。怖がらせたか」

「……ううん。大丈夫……」

 アベルが優しく私の背中をさする。その手の動きに合わせるように数度深呼吸をすると、動悸がいくらかおさまった。

 ……ふう。

 私はアベルに、もう大丈夫だよと伝えるように微笑む。すると、アベルが私から手を離した。

 さきほどのアベルの声は強い怒りに満ちていたが、同時にかすかに上擦って震えていた。アベルの眼差しは、私をからかっているようには見えない。

 私はもう一度キャンディを見下ろして、そっとそれを手に取る。

「それで、アベル。これは、なんなの?」

 訊ねると、アベルは一度口を閉じ、ひっそりとした声で言った。

「……これは毒だ」

「え……!?」

 毒!? これが?

 さすがの私も驚愕する。持っていたキャンディをふっと落としそうになって、慌てて握り直した。

「ちょ、そういうことは先に言ってよ……!」

「す、すまん。それはそうだな」

 私はもう一度まじまじとキャンディを見る。どこからどう見ても、ただのキャンディだ。毒があるもののようには見えない。

 それに。

「アベルはさっき、このキャンディは国中で流行ってるって言ってなかった?」

 さきほどアベルは、たしかにこのキャンディを、この国でいちばん流行っている菓子のひとつだと言っていた。

「あぁ、そうだ」

 アベルが頷く。なぜ、と私は眉を寄せる。

「待って。なんでアベルが、毒入りのキャンディなんか持ってるの?」

 そしてそれを、なぜ私に見せてくれたのか? 疑問だらけだ。

 質問攻めになる私を落ち着かせるように、アベルが私に向かって軽く手を上げる。

 口を噤むのを確認してから、アベルが話し出す。

「お前には、知らせておいたほうがいいかと思ってな」

 意味深な前置きに、私は眉を寄せながら続きを待つ。

「このキャンディは、おそらくお前が巻き込まれた事件と関係がある」

「え……」

 このキャンディが……?

 ますます分からない。私は手に持ったキャンディをじっと見下ろした。

「毒入りキャンディと私の冤罪に、なんの関係が……」

 呟きながら、ハッとした。私はアベルに、なるべく声を潜めて訊ねる。

「……もしかして、このキャンディに混ざっている毒って、システィーナを毒殺するために使われたアップルだったとか!?」

 考えついたことを口にすると、アベルはいや、と首を横に振った。

「それは違う。厳密に言うと、このキャンディに混ざっていたのは、毒ではなく魔法だった」

「ま、ほう……?」

 そうだった。そういえば、この世界には魔法というものが当たり前に存在するのだった。以前の世界では魔法なんて想像上のものでしかなかったから、なかなか慣れない。

「その魔法って、どんなものなの?」

 毒と言うくらいなのだ。きっと恐ろしい魔法なのだろう。私はおそるおそるアベルに訊ねる。

「食べた者の思考を鈍化させる魔法だ」

「思考を鈍化?」

 眉間に皺が寄っていく。思考を鈍化させる魔法なんかをひとびとにかけて、どうするというのだろう。アベルが言うほど、危ないもののようには思えないが。

「……えっと、それってつまり、どういうこと?」

「このキャンディを舐めると、一時的に思考が鈍くなるんだ。といっても、効果はせいぜい数日程度のようなんだが……」

 アベルの言葉に、私はほっとした。

「数日で魔法が切れるなら、そんなに焦ることもないんじゃない? アベルってば、毒だなんていうから焦っちゃったじゃない」

 しかし、アベルは険しい顔のままだ。

「……アベル?」

「効果が数日で切れるというのは、あくまで一度だけこのキャンディを食べた場合の話で、何度も舐めていたら、効果はさらに継続される」

「え……で、でも、キャンディなんてそんなに舐めるものなの? よほどの甘党でもなきゃ、そんなに頻繁には食べないんじゃない?」

 期待を込めて言うが、アベルは目を伏せた。かすかな希望が砕かれる。

「そんなことはない。このキャンディは一般庶民でも手軽に買うことができるものだし、現に王宮でも、毎日のように配られていた」

「毎日!?」

 異世界の意外過ぎる生活習慣に、思わずツッコむ。この王国のひとは、総じて甘党なのだろうか。

「キャンディは嗜好品のなかでも、特に安価だからかなり市場で出回っているんだ」

「へぇ……」

 毎日こんな大きなキャンディを舐めていたら、病気になってしまいそう……って、そうじゃない。そうじゃなくて、なんでそんな怪しいものが王宮で広まっているのだ、ということである。私は額を押さえた。

「あの、ちなみになんだけど、そのキャンディに依存性とかは……」

 恐る恐る訊ねると、アベルが再び目を伏せた。いやな予感がする。

「……それが、かなり強い。おまけに、攻撃的になるという副作用もあるようだ」

 依存性が強くて、攻撃的になる。それってもはや、

「麻薬じゃん!」

 愕然としながらツッコむ。

 このキャンディは、私の元いた世界で言うところの、麻薬のようなものなのだろう。

 ……いや、麻薬って!? 想定外過ぎるでしょ! 私にどうしろって言うの!?

 というか、思っていたより事態がヤバ過ぎるんだけど、ローズマリー!?

 思わずローズマリーに向かって嘆くが、もちろん彼女からの反応はない。そういえば、彼女は彼女で元気にやっているだろうか。私もなかなかピンチな立場にいたはずだけど。

 って、今はそれどころではない。


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