ローズマリーとして目が覚めて、三日目の朝がきた。
三日目ともなると、牢獄生活にはずいぶん慣れてきた。
朝日は拝めないし、小鳥のさえずりも聴こえないけれど、住めば都というのは牢獄も例外ではないらしい。
あたたかいベッドでいつまででも寝ていられるし(薄暗くてジメジメして、ちょっと雨漏りがするけれど)、あたたかい食事も三食きっちりついてくる(たまにゴミとか虫とかが混じっていたりもするけれど)。
それになにより――。
「働かなくていいっ!!」
私は両手を広げてベッドにダイブした。
「はぁーっ、幸せ!」
そう。結局のところ、これがいちばん。これに尽きる。
過重労働で死にかけていた人間にとって、働かなくていいというのは、かなり革命的な日常だった。思えば、私は両親が離婚していた影響で、物心ついた頃から家事やアルバイトのかけもちで、時間に追われるような生活を送っていた。
本音を言うと、このままこの生活が続けばいいのに……と、つい思ってしまうのだが、現状を考えると、そんな呑気なことも言っていられない。
私は……というか、ローズマリーは死刑囚なのだ。今日、死刑が執行となってもおかしくない立場にある。
とりあえず誠実そうなアベルに協力を頼んだものの、任せきりにするわけにはいかない。
「とはいえ……」
牢獄のなかで身動きが取れない私にできることは、考えることくらいである。
唸りながらローズマリーの記憶を辿っていると、コツ、コツ、という靴音が響いた。
ハッとして顔を上げる。
獄中には時計がないから分からないが、今は早朝のはずだ。体感的には、七時頃だろうか。
こんな時間に、だれだろう……? 見回りの監視官だろうか?
しかし、いつもこんな時間には来ない。この時間といえば……。
「あっ」
そういえば、昨日はこのくらいの時間に牢獄付きのメイドが朝食を運んできてくれた。もしかしたら、そろそろ朝食の時間なのかもしれない。
ぐぅ〜。
タイミングよくおなかが鳴った。
考えることに夢中で今まで気が付かなかったけれど、ずいぶんお腹が減っている。
腹が減っては戦はできぬ!
犯人探しは、とりあえず朝食を食べてからにするとしよう。
私はベッドに座り直し、わくわくしながら足音の主を待つ。
今日の朝食はなにかしら? 昨日はフランスパンっぽいかんじの硬くてぎゅっとしたパンの切れ端と、ちょっと虫が浮いたスープだった。
「今日は虫が少なめだといいなぁ……」
文句を言って食事抜きにされたくないから我慢しているが、日に日に食事に混ざった異物の量は増えていた。
食事を運んできてくれるのは、いつも同じメイドだ。名前は知らないが、私(ローズマリー)より少し年上くらいの気が強そうな美人な子だ。
異物を混ぜているのは、彼女だろうか。食事を運んでくる彼女が異物に気付かないはずはないし、それに、彼女の私を見る目は冷ややかで、私に対しての態度も悪い。まぁ、考えたところで仕方はないが。
――コツッ。
やはり、私の牢獄の前で音が消えた。振り返ると、そこにいたのは、朝食を持った例のメイドではなく――。
「……って、あれ?」
アベルだった。予想外のあまり、声が漏れ出てしまう。
「……なんだ、その顔は」
私の反応に、アベルが露骨に不満気な顔をする。
「……い、いやべつに。それよりおはようございます、アベル」
まさかアベルが来るとは思いもよらず、私は慌てて笑みをつくろい、挨拶をする。
「……あぁ、起きていたのだな」
アベルはわずかに嘆息すると、無愛想に呟いた。
「あ……えと、はい。足音が聞こえたので」
「そうか。うるさくて悪かったな」
アベルの眉間に皺が寄った。べつにうるさかったなんて言っていないのに。ひねくれた男だ。引き攣りそうになる表情をなんとか引き締めて、私は笑みをつくろった。
「そっ……それで、朝食はどちらに?」
話を逸らすべく、且つ、わずかな期待を抱いて訊ねてみると、アベルが呆れたように私を見た。
「は? 朝食?」
眉間に深い皺が刻まれる。なんとも不愉快そうな。
「……なんの話だ。俺は秘書官兼騎士だぞ。罪人の朝食など持ってくるわけないだろう」
ですよねぇー。
真顔で言われてしまった。
私はなんとかにこにこと笑みを保ったまま、しかし内心でがっくりする。食事がまだだと思うと、よりおなかが減ってくるような気がした。まぁ、罪人だから文句は言えないけれど。
「えっと……じゃあ、アベルはこんな早くになにしにこちらへ?」
気を取り直して訊ねると、アベルの碧眼がすっと細められた。
「あぁ。仕事の前に少し、おまえに話したいことがあってな」
「話したいこと……?」
なんだろう、と首を傾げる私に、
「まずはこれを」
と、アベルがなにかを差し出す。
「これは……」
目の前のそれを見た瞬間、じぶんの目がきらんと輝いたのを自覚した。
アベルがくれたのは、とてもポップなキャンディだった。
「えーっ! なになに! もしかしてこれ、くれるの!?」
嬉しい! まさか、朝食の前にこんな美味しそうなキャンディをもらえるなんて!
予想外過ぎて、歓喜の声が出た。これまで残飯のような食事ばかりだったから、キャンディなんて滅多にないごちそうである。
しかし、キャンディを前にテンションを上げる私とはうらはらに、アベルが呆れた顔を向けていた。
え、なに? 私なにか間違ってる?
私は、目の前のキャンディと、アベルを見比べる。
アベルがくれたのは、どう見てもキャンディ。赤色と紫色が混じったとても可愛らしいキャンディだ。
私がいた世界風に表現すると、女子高生が『映える〜』とか言って、嬉々としてスマホのカメラを向けそうななんとも可愛らしいペロペロキャンディだ。残念ながら、ここにはスマホもSNSも存在しないが。
アベルがため息をつきつつ、話し出す。
「このキャンディは今、この国でいちばん流行っている菓子のひとつでな」
「へぇ……そうなんだ」
私は頷きながら、さっそくキャンディを口元に運ぶ。
――と、そのときだった。