謎はそれだけじゃない。
同じく、毒をあおったローズマリーも、本気で死ぬ気はなかったということになる。
なら、なぜ毒を飲んだのか?
疑問が次々と浮かんでくる。私はアベルを見た。
「ねぇ、アベル。この国に、おとぎ話とか伝説ってあったりする?」
「は? なんだいきなり」
アベルが眉を寄せる。
「たとえば、毒が出てくるものとか、なにか」
「あ、あぁ……まぁ。そうだな、いくつかあるにはあるが」
「本当!?」
前のめりになる私に、アベルは驚きながらも話をしてくれる。
「この世界のどこかに、命と引き換えに願いを叶える不思議な毒があると聞いたことがある。とはいっても、あくまでただの伝説だが」
「命と引き換えに……」
なるほど。ということはやっぱり、ローズマリーはわざと毒を選んだのだ。その伝説を信じて。
じぶんの命と引き換えにローズマリーが願ったのは、ほかでもないじぶんの命だった。ローズマリーはじぶんを生かすため、死を選んだのだ。
私は顔を上げる。
「アベル、もうひとつ聞きたいことが」
「……なんだ?」
「システィーナが毒殺未遂にあったときの状況を、詳しく教えてほしいの」
アベルが驚いた顔を私に向ける。
「なぜ、今さら」
「知りたいの」
「だから、なぜ」
「私はやってないからよ。犯人はほかにいるの!」
私の叫びに、アベルは目を見張った。
「なんだと……!? なら、なんでそう裁判で言わなかったのだ!」
「言ったわ! でも、だれも信じてくれなかったの!」
「だからって、無実ならなぜ最後まで声を挙げなかった!? お前はじぶんが死刑待ちであることを分かっているのか!? 死ぬんだぞ!」
「分かってる! でも仕方ないじゃない! なにを言っても信じてもらえないんだもの、私は、諦めるしかなかった!」
この世界のひとは、だれもローズマリーを信じない。
だから、ローズマリーはかけたのだ。不確かな伝説に。私に。それしか生きる方法がなかったから。
「だからって……お前なぁ……。だったらなんで今さら無実だなんて言い出したんだ?」
「気が変わったの」
本当は、まるごと中身も変わっているが。さすがにそこまでは言えない。
ローズマリーのなかに、アベルとの良い記憶はほとんどない。アベルは親切だが、ローズマリーを毛嫌いしていた。それは確かだ。すべてを教えることはまだできない。
「お前……」
アベルがため息を吐く。
「もう刑は確定しているんだぞ。覆すのは、そう簡単なことじゃない」
「分かってる」
だけど私は、このまま死ぬわけにはいかない。
だから、私は今度こそ口にする。
「アベル、私、死にたくない。だからお願い。助けてほしいの」
前の世界で、私はだれにも助けを求めることができなかった。だけど、今は違う。私はローズマリーと約束をした。今度こそ、諦めないって。
アベルはしばらく私の顔をじっと見つめたあと、諦めたようにため息をついたのだった。
***
執務室に戻るなり、アベルは椅子に深く腰掛けた。目元を押さえ、肺に溜まっていた濁った空気を限界まで吐き出す。
「まったく今日はいったいなんなんだ……」
さっきまでのできごとを思い返すだけで、目眩がしてくる。
とりあえず整理しよう。
今朝、護衛官であるルドヴィック・ブルゴーから、ローズマリーの様子がおかしいと連絡を受けた。
牢の様子を見に行くと、案の定ローズマリーが倒れていた。毒をあおった自殺未遂だった。
すぐに解毒したので大事に至らずに済んだから良かったものの、目覚めたローズマリーには、違和感を覚えざるを得なかった。
ローズマリーの人柄が、まるで別人のようだったのである。
『――……あっ、思い出した! えっと、アベルさまよね!? ロドルフ王子の秘書官で、ローズマリーのことがきらいなアベル!』
そのとおりだが、違う。ローズマリーはこんな無邪気な声は出さない。
『――もしかしてアベルが助けてくれたの?』
まっすぐひとを見るようなこともない。純粋にひとを信じたりしない。男の好意を手玉に取る女のはず。
『――ありがとう……さっきまで私、すごく辛くて苦しくて、正直死ぬかと思ってた。でも、アベルのおかげですっかりよくなったわ』
ローズマリーが礼? 信じられない。
アベルの知っているローズマリーは、あのような性格ではない。夢でも見ているのか、とアベルはじぶんを殴って確認したくなったほどだ。
しかし、違和感を覚えたのはアベルだけではなく医官も同じだったようで、彼女の脳まで調べたけれど、異常はなかった。
つまり、ローズマリーはローズマリーであった。
しかし、とアベルは考える。
彼女に異常がないと証明されたにもかかわらず、違和感が拭えないのはなぜだろう。
ローズマリーはもともと、とんでもなく高飛車で、ロドルフすら利用しようとした傲慢な女。
ずっとそう思っていた。
――なぜ? なぜ、俺はそう思っていた?
その理由を考えてみる。
まず、ロドルフが彼女を婚約者にすると言い出したとき、アベルは彼女の身辺調査をした。
そこで報告に上がってきたのは、彼女に関する数々の噂だ。
まずひとつめ、彼女のせいで、街のいくつかの店が潰れたとかいう話。確認したところ、その店は単なる噂ではなく、本当に潰れてしまっていた。とはいえ、のちに店は営業を再開し、現在も無事に繁盛しているという話を聞いたが。
それだけではない。
ふたつめ、病の流行が、彼女の母親から始まったと騒がれた。
調べてみたところ、彼女の母親はたしかに国で病が流行する前に急死していた。
だが、彼女の母親が流行病を広めたかどうか、その真偽は定かではない。おそらく、あの噂はガセだろう。街のひとびとに、噂の真偽などは関係なかった。彼らはただ、不安や不満を発散するための標的がほしかっただけだろう。
彼女に関する噂は、どれも真偽が不明瞭だった。
ただし、である。そういう噂が広まってしまった時点で、ひとからの人望がないという結論にいたる。王族になる者は、万人に好かれなければないけない。つまり、真偽はどうあれそういった噂が囁かれる時点で、人望がないということだ。
だからアベルはローズマリーのことがきらいだった。彼女が王女になるだなんて認めたくなかった。
そのためにも、アベルはしっかりと噂を吟味しなければならなかった。それなのに。
――いつの間にか、俺はその噂を鵜呑みにしていた。
じぶんでじぶんが分からない。
アベルは不確かな情報に流されるほど、適当な仕事はしない。
アベルだけでなく、ロドルフだってそうだ。ロドルフは、世間知らずではあるが、善悪の判断はきっちりつく。ただの噂を信じて、じぶんが決めた婚約を破棄するほど愚かな王子ではない。
それなのに、アベルもロドルフも、ずっとそれが真実なのだと信じて疑わなかった。
――なぜだ? なぜ、俺はその噂を信じた?
考える。
しかし、考えようとすると、頭のなかにもやのような白い幕が張るのだ。それ以上考えるな、と言われているように。
「これは……魔法か……?」
呟きながらアベルは脇にあったコップの水を飲み干す。
おかしい。じぶんは、こんなふうに判断を見誤るようなことはしない。
アベルは医務室へ向かった。