「……哀れな王子だなぁ、と思いまして」
「はっ?」
「おバカ過ぎてちょっとびっくりしてしまいましたわ」
言われたとおりに本音をぶつけると、直後、頬に激しい痛みが走った。
一瞬にして頬が熱を持つ。ロドルフに打たれたのだ。
「今、なんと言った。俺をだれだと思っているんだ?」
ロドルフが低い声で私を問いつめる。私は負けじとロドルフを睨んだ。
――信じられない。
病み上がりの女性に手を上げるなんて……。
――ローズマリー、この男とは別れて正解だったわ。
気が弱いくせに、瞬間湯沸かし器だなんて、いちばんタチの悪いタイプだ。
とはいえ、この発言を聞いているのがローズマリーじゃなくて私でよかった。
曲がりなりにも、ローズマリーはロドルフを信頼して一度婚約しているのだ。そんなひとの口からこんな暴言……とても、ローズマリーには聞かせられない。
「……申し訳ありません」
私は形だけの謝罪をして、ロドルフから目を逸らす。
その反応に呆れられた、と思ったのか、ロドルフはさらにちくちくと私を責めたてはじめた。
「……あぁ。そういえば、この前街で君の噂を聞きましたよ。君って、街でもかなり傍若無人な振る舞いをしていたらしいな。出会った頃の君はとても聡明で、そんなひとじゃないと信じていたのに……すっかり騙されました。さすが、王国一の悪女と言われるだけのことはある」
ロドルフはまだ私を挑発してくる。しつこい。そしてねちっこい。
――まるで子どもだわ……。
お前が言うな、と言いたい衝動を堪えつつ、黙っていると、ロドルフはふん、とつまらなそうに息を吐いた。
「とにかく、刑の執行まで大人しくしているんだぞ。次、毒を飲んだとしてももう王宮は助けない」
そう言い捨てると、ロドルフはシスティーナとともに部屋を出ていった。
ばたん、と乱暴に扉が閉まる。
緊張から解放され、どっと息を吐いた。
さすがに緊張した。緊張が解けたからか、一気に頬の痛みが襲ってくる。
私は頬を撫でた。
かなり容赦なく打たれてしまった。冷やしたほうがいいだろうか。ローズマリーの美しい顔が腫れないといいのだが。
「ローズマリー」
不意に声をかけられ、我に返る。顔を上げると、アベルが私を見ていた。そういえば、アベルもいたのだった。忘れていた。
「……顔を出せ」
頬を押さえていると、アベルが私の前に立つ。
「……え、な、なんでですか?」
若干ビビりつつ、アベルを見上げる。
「その手を退けろと言っているんだ」
「え……」
だから、なんで。
「いいから」
圧に負け、頬を押さえていた手をそろそろと下ろす。すると、アベルが私の頬に手を当てた。
ひんやりとした彼の手の感覚が気持ちいい。
――って、そうじゃない! なにこれ!?
直接頬に触れられるとは思わなくて、というかすぐ目の前にアベルの端正な顔があって、私の心臓は破裂寸前。思わずぎゅっと目を閉じたとき、なにやらぬくもりに包まれたような心地になった。
「……よし、もういいぞ」
ふっと手が離れていく気配に、おそるおそる目を開く。
「……あれ。痛くない?」
もう一度頬に手を持っていく。熱が引いていた。鏡を見ると、ついさっきまでじんじんと熱を持っていたはずの頬は、すっかり白くなって、玉のようなつややかさを取り戻している。
「……もしかして、アベルが治してくれたの?」
「勘違いするな。王子が手を上げたことが知られたら、問題になる。それだけだ」
頬を撫でる。
「……だとしても、ありがとう」
ローズマリーは美しいけれど、この国では大罪人だ。こんなじぶんにも、優しさを分けてくれるひとがいる。ありがたい。
ついさっき投げつけられたロドルフの言葉は、今も頭のなかでぐるぐる巡っている。けれど、アベルの優しさのおかげで少しだけ心が軽くなった。
「今後は、言いたいことがあれば王子ではなく俺に言うように」
「えっ、アベルに?」
「あぁ。罪人とはいえ、刑の執行までは多少の人権は保証されているからな」
「……そうなんだ」
それは意外なことだ。でも、助かる。ローズマリーを無罪にするためには、この国のことをよく知らない私ひとりでは限界がある。
信じても、いいのだろうか。
……いや、今は悩んでいる暇はない。ローズマリーのために、動くのだ。
「じゃあ……聞きたいのだけど」
「なんだ?」
「私が飲んだあの毒で、死んだひとはいる?」
アベルが目を泳がせる。しばらく考え込んでから、アベルは首を横に振った。
「……いや。この国は解毒魔法が特に発達している。毒で死ぬことは、不可能に近いだろう」
「えっ、そうなの?」
「あぁ。だから、なぜおまえが復讐に毒を選んだのかは疑問だった」
「それは……」
決まっている。ローズマリーが犯人じゃないからだ。
ふう、と息を吐きながら天井を見る。そこには、不思議な絵が広がっている。
描かれているのは、恐ろしげな老婆と、リンゴと、女の子。まるでおとぎ話の白雪姫を連想するような絵だ。
ずっと気になっていた。
システィーナは毒で死ななかった。当たり前だ。この国で、毒で死ぬことはない。
なら、犯人はなぜ毒を選んだのだろう?
もし本当にシスティーナを殺そうと思っているなら、もっと確実な殺しかたがあったはずだ。
となると、犯人はシスティーナを殺す気はなかった?
ローズマリーを陥れられればよかった……?