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第9話

「……哀れな王子だなぁ、と思いまして」

「はっ?」

「おバカ過ぎてちょっとびっくりしてしまいましたわ」

 言われたとおりに本音をぶつけると、直後、頬に激しい痛みが走った。

 一瞬にして頬が熱を持つ。ロドルフに打たれたのだ。

「今、なんと言った。俺をだれだと思っているんだ?」

 ロドルフが低い声で私を問いつめる。私は負けじとロドルフを睨んだ。

 ――信じられない。

 病み上がりの女性に手を上げるなんて……。

 ――ローズマリー、この男とは別れて正解だったわ。

 気が弱いくせに、瞬間湯沸かし器だなんて、いちばんタチの悪いタイプだ。

 とはいえ、この発言を聞いているのがローズマリーじゃなくて私でよかった。

 曲がりなりにも、ローズマリーはロドルフを信頼して一度婚約しているのだ。そんなひとの口からこんな暴言……とても、ローズマリーには聞かせられない。

「……申し訳ありません」

 私は形だけの謝罪をして、ロドルフから目を逸らす。

 その反応に呆れられた、と思ったのか、ロドルフはさらにちくちくと私を責めたてはじめた。

「……あぁ。そういえば、この前街で君の噂を聞きましたよ。君って、街でもかなり傍若無人な振る舞いをしていたらしいな。出会った頃の君はとても聡明で、そんなひとじゃないと信じていたのに……すっかり騙されました。さすが、王国一の悪女と言われるだけのことはある」

 ロドルフはまだ私を挑発してくる。しつこい。そしてねちっこい。

 ――まるで子どもだわ……。

 お前が言うな、と言いたい衝動を堪えつつ、黙っていると、ロドルフはふん、とつまらなそうに息を吐いた。

「とにかく、刑の執行まで大人しくしているんだぞ。次、毒を飲んだとしてももう王宮は助けない」

 そう言い捨てると、ロドルフはシスティーナとともに部屋を出ていった。

 ばたん、と乱暴に扉が閉まる。

 緊張から解放され、どっと息を吐いた。

 さすがに緊張した。緊張が解けたからか、一気に頬の痛みが襲ってくる。

 私は頬を撫でた。

 かなり容赦なく打たれてしまった。冷やしたほうがいいだろうか。ローズマリーの美しい顔が腫れないといいのだが。

「ローズマリー」

 不意に声をかけられ、我に返る。顔を上げると、アベルが私を見ていた。そういえば、アベルもいたのだった。忘れていた。

「……顔を出せ」

 頬を押さえていると、アベルが私の前に立つ。

「……え、な、なんでですか?」

 若干ビビりつつ、アベルを見上げる。

「その手を退けろと言っているんだ」

「え……」

 だから、なんで。

「いいから」

 圧に負け、頬を押さえていた手をそろそろと下ろす。すると、アベルが私の頬に手を当てた。

 ひんやりとした彼の手の感覚が気持ちいい。

 ――って、そうじゃない! なにこれ!?

 直接頬に触れられるとは思わなくて、というかすぐ目の前にアベルの端正な顔があって、私の心臓は破裂寸前。思わずぎゅっと目を閉じたとき、なにやらぬくもりに包まれたような心地になった。

「……よし、もういいぞ」

 ふっと手が離れていく気配に、おそるおそる目を開く。

「……あれ。痛くない?」

 もう一度頬に手を持っていく。熱が引いていた。鏡を見ると、ついさっきまでじんじんと熱を持っていたはずの頬は、すっかり白くなって、玉のようなつややかさを取り戻している。

「……もしかして、アベルが治してくれたの?」

「勘違いするな。王子が手を上げたことが知られたら、問題になる。それだけだ」

 頬を撫でる。

「……だとしても、ありがとう」

 ローズマリーは美しいけれど、この国では大罪人だ。こんなじぶんにも、優しさを分けてくれるひとがいる。ありがたい。

 ついさっき投げつけられたロドルフの言葉は、今も頭のなかでぐるぐる巡っている。けれど、アベルの優しさのおかげで少しだけ心が軽くなった。

「今後は、言いたいことがあれば王子ではなく俺に言うように」

「えっ、アベルに?」

「あぁ。罪人とはいえ、刑の執行までは多少の人権は保証されているからな」

「……そうなんだ」

 それは意外なことだ。でも、助かる。ローズマリーを無罪にするためには、この国のことをよく知らない私ひとりでは限界がある。

 信じても、いいのだろうか。

 ……いや、今は悩んでいる暇はない。ローズマリーのために、動くのだ。

「じゃあ……聞きたいのだけど」

「なんだ?」

「私が飲んだあの毒で、死んだひとはいる?」

 アベルが目を泳がせる。しばらく考え込んでから、アベルは首を横に振った。

「……いや。この国は解毒魔法が特に発達している。毒で死ぬことは、不可能に近いだろう」

「えっ、そうなの?」

「あぁ。だから、なぜおまえが復讐に毒を選んだのかは疑問だった」

「それは……」

 決まっている。ローズマリーが犯人じゃないからだ。

 ふう、と息を吐きながら天井を見る。そこには、不思議な絵が広がっている。

 描かれているのは、恐ろしげな老婆と、リンゴと、女の子。まるでおとぎ話の白雪姫を連想するような絵だ。

 ずっと気になっていた。

 システィーナは毒で死ななかった。当たり前だ。この国で、毒で死ぬことはない。

 なら、犯人はなぜ毒を選んだのだろう?

 もし本当にシスティーナを殺そうと思っているなら、もっと確実な殺しかたがあったはずだ。

 となると、犯人はシスティーナを殺す気はなかった?

 ローズマリーを陥れられればよかった……?


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