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第6話

 目を開けると、不思議な絵が描かれた天井が見えた。何度か瞬きをしているうち、ようやく明るさに目が慣れてくる。

 ここはどこだろう……? そう思いながら、ゆっくり視線を動かすと、まずクラシカルな薬棚が目に入った。

 棚のなかにはたくさんの瓶が敷き詰められていて、それぞれに不思議な文字のロゴがある。

「ベリー、グレープ、バナナ……ぜんぶ果物の名前……なのに、アップル……は、ない」

 小さく呟きながら、さらに視線を動かしていると、ふと布が揺らめいた。

「?」

 布を見上げる。

「起きたか」

 すぐ近くで声が聞こえ、びくりとした。

 声がしたほうを見ると、見知らぬ青年がベッド脇の椅子に座っていた。

「あな、たは……」

 その顔を見て、息を呑む。

 ――び、美人っ!!?

 眩しいほどの銀髪に、美しい碧眼。白皙の美青年が、私の真横にいた。

「うわっ!?」

 あまりに浮世離れした美しさの青年に、私は声を上げて後退る。――と、ベッドのヘリにあった手が、ずるっと滑った。

「わわっ!」

「おいっ!?」

 バランスを崩した私の腕を、青年が咄嗟に引き寄せる。

「っ!」

 ぎゅっと抱き寄せられる形で、私は青年の腕のなかに収まった。

「す、すいませ……」

 今にも鼻先が触れそうな距離で目が合い、吐息が絡まる。思わず息が止まった。

「!!?」

 思えば私は、この歳まで異性と付き合うということをしなかった。

 ――お、男のひとって、こんなに……。

 青年の大きな手は、私の腕をいとも簡単に掴んでしまう。あまりの体格差に、動悸が止まらない。

 固まっていると、青年がゆっくり手を離した。思わず、離れていくその手をじっと目で追いかける。

「じろじろ見るな」

「す、すみません!」

 背筋を伸ばして謝りつつ、ホッとして息を吐く。すると、青年は私の反応が気に食わなかったのか、わずかに眉を寄せた。

 整った顔がわずかに歪む。それすら美しくて、ため息が出そうになる。

 青年は、白とゴールドを基調にしたエレガントな騎士服に身を包んでいた。甲冑に刻まれた彫刻が美しい。

「……あ……あの、あなたは?」

 おずおずと訊ねると、青年はさらに不機嫌そうな顔をした。

「はぁ? お前、俺を忘れたのか」

「え……」

 凄まれ、再び息を呑む。顔立ちが整っているぶん、怒った顔は迫力がある。

 ――や、ヤバい。めちゃくちゃ怒ってる……。えっと、ぎ、銀髪碧眼イケメン、銀髪碧眼イケメン……。

 私は慌ててローズマリーの記憶を辿った。

 ――お願いっ、知っててローズマリー!!

 目覚めたばかりの脳をフル回転させ、しばらく記憶を辿っていると、……いた。

 ローズマリーの記憶のなかに、青年を見つける。

「……あっ、思い出した! えっと、アベルさまよね!? ロドルフ王子の秘書官で、ローズマリーのことがきらいなアベル!」

 アベル=オクタヴィアン・オランジュ。

 彼は、第一王子であるロドルフの専属秘書官兼騎士だ。堅物で潔癖……悪女と名高いローズマリーを毛嫌いしており、ローズマリーがロドルフといるときはいつも無愛想な態度をとっていた。ローズマリーの記憶のなかに、ちゃんと存在していた。

「あの……それで、ここは」

「ここは王宮の医務室だ。本来ならお前のような罪人を入れるような場所ではないが、緊急の解毒処置が必要だったので仕方なくな」

 アベルは私の声に被せるようにして、且つ早口で答えた。

「……そ、ソウデスカ……」

 がっつりきらわれてる気配を感じ、作り笑いすら引き攣り始める。

 ――いかんせん顔立ちが整っているから、無表情だと迫力があるんだよなぁ……。ローズマリーもアベルのことが苦手だったようだけど、私もちょっと苦手かも……。

「それで、気分はどうだ?」

「はへ? き、気分?」

「体内に入った毒の解毒は、無事にできたと医官は言っていたが、どうだ?」

 あらためて説明され、ハッとした。

「……そ、そういえばそうでした!!」

 じぶんの状況を思い出す。あらためて身体に意識を向けるが、なんともない。

 このまま死ぬかと思ったけれど……。

「って、そうだ! あのとき」

 倒れた私に気付いてくれたのはいったいだれだったのだろう、と思っていたけれど、なんとなく、今アベルが話している声を聞いて、彼だったんじゃないかと思い始める。

「ねぇ、牢のなかで倒れたとき、もしかしてアベルが助けてくれたの?」

「…………」

 アベルは返事をしないが、否定もしない。ということは、そうなのだろう。

「ありがとう……さっきまで私、すごく辛くて苦しくて、正直死ぬかと思ってた。でも、アベルのおかげですっかりよくなったわ」

 笑顔で礼を言うと、アベルは面食らったように黙り込んだ。

「……アベル?」

「……お前……」

 アベルはしばらく私のことをじっと見つめ、怪訝そうに首を傾げた。

「アベル?」

 名前を呼ぶと、アベルはハッとしたように、

「……いや」

 と呟き、ふいっとそっぽを向いた。そのままつかつかと歩き出す。

「えっ……ちょ、どこ行くの?」

 背中に問いかけるが、返事はない。

 ――無視かいっ!

 しかしアベルは、部屋を出ていく直前、くるっと振り返って私を見た。

「お前、そこを動くなよ。今医官を呼んでくるから」

「……え」

「分かったか」

「あ……はい」

 慌てて頷くと、アベルは満足したように頷き返して部屋を出ていった。

 ――もしや彼は、いいひとなのだろうか?

 いや、毒で死にかけていたローズマリーを助けてくれたのだから、いいひとではあるのだろうが。

「……それにしても」

 大きな部屋だ。

 なにを隠そう、天井が高い。ベッドに寝転がって見上げてみる。天井には、宗教画みたいな絵が描かれている。

 それだけじゃない。周囲を見てみると、ひとつひとつの調度品もかなり高級なもののようだ。

 猫足のテーブルに、豪奢な細工がほどこされたチェア。複雑な模様がほどこされた絨毯に、美しい薔薇のような花が生けられた花瓶。

「さすが王宮……」

 そういえば、お花を見るのなんて、果たしていつ以来だろう。現代ではそんな心の余裕はまるでなかった。

 ――部屋のなかを見てまわるくらいは、許されるよね?

 すっかり身体の調子がよくなった私は、アベルが戻ってくるまで、部屋のなかを見て回ることにした。


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