サラと出会った日、ハンナは確信めいたものがあった。
ここで空を見ていると、とても良いことが起こると。
どんな良いことが起こるかは分からなかった。
だが、確信はあった。
だから、村に到着したハンナは宿を探すエリオットを無視して、村はずれのサラの家の近くにやって来た。
そして出会った。光り輝く女性に。
その女性は見ず知らずの自分に嬉々として食事を与え、お日様のような笑顔を振りまく優しい女性だった。
不思議な料理をふるまうその女性は、どことなく本当の母親を思い出させた。
エリオットとサラの間に赤ちゃんが出来たと聞いて嬉しかった。これで本当の家族になれるのだと。
だから、サラのことをママと呼ぶことにした。
大事な大事なパパとママ。
一人になる淋しさを知っている。
三人でいる暖かさを知ってしまった。
だから、ハンナは二人を守ろうと決めたのだ。
「ハンナがパパとママを守ってみせる」
ハンナの真剣な瞳にサラは気圧された。
大事なハンナを危険な目に合わせたくない。しかし、こうなったハンナはサラの言うことを聞かず、余計危険なことをする可能性が合った。
それにプリンがいれば狼たちを追い払うことができるかもしれない。そして、そのプリンに言うことを聞かせられるのはハンナだけだった。
「……分かった。一緒に行きましょう。でも、絶対にママの言うことを聞くのよ」
「うん、分かった」
そう、言うとハンナはプリンを走らせた。
ハンナの後ろでプリンにしがみ付きながら、エリオットの無事を祈る。
月明り照らされる山道に、冬のおとずれを告げるような冷たい風が吹く。
そして、サラたちの行き先から狼の唸り声が聞こえて来た。
よかった。エリオットは無事だ。
もしも、エリオットが死んでいたならば、狼たちが唸り声をあげる必要性がないはずだ。
「エリオット!」
そこには血だらけのエリオットが、木の上に昇って狼たちに対抗していた。
サラの声に反応したエリオットは叫んだ。
「なぜ戻って来た! ハンナを連れて逃げてくれと言っただろう」
「ごめんなさい。でも、あなたのことも心配だったの。プリンも来てくれたし……」
「もう! 二人ともケンカしないの!」
そう言ってハンナはプリンの背中から降りた。
「何をしてるのよ。早く戻って」
「何をしているんだ、ハンナ!」
「ちょっと二人とも黙って!」
そうきっぱりと言い切ったハンナは、狼たちに向き合う。
サラもエリオットも慌てて地上に降り立つと、闇の中からひときわ大きな狼が姿を現した。誰が見てもこの群れのボスだった。
ボス狼はゆっくりとハンナに近づく。
「ダメ!」
サラがハンナに近づこうとすると、他の狼が立ちふさがる。それはエリオットに対しても一緒だった。そしてプリンはジッとハンナの背中を見ていた。
狼たちはボスとハンナの謁見を邪魔しないようにしているようだった。
ボス狼は鼻を近づけてハンナの匂いを嗅ぐと、ゆっくりとひれ伏した。
そんなボスの様子を見た他の狼たちも同じようにひれ伏す。
そうして、そんな狼のボスの頭をハンナが撫でる。
何が起こっているのか理解できないサラが思わず声を上げた。
「どういうこと?」
その声に、振り返ったハンナは困った顔をしていた。
「ごめんなさい、パパ、ママ。二人を傷つけたのはハンナのせいみたい」
「どういうことだ?」
エリオットにもこの状況が理解できていないようで、サラと同じ疑問を投げかける。
ハンナはボス狼の頭を撫でながら説明を始めた。
「あのね、この子たち。ハンナがパパとママに誘拐されていると思ってたみたいなの。ハンナがあまりにも起きないから、薬で眠らされていると思ったみたい」
「誘拐だ!?」
「誘拐って!?」
サラとエリオットの驚きの声が重なり、二人は顔を見合わせる。
命がけで守ろうとしていた愛するハンナを誘拐したなんて、サラとエリオットは怒りを通り越して笑いが込み上げてきた。
力が抜けて抱き合いながら大笑いするサラとエリオットを、狼たちは不思議そうに見つめていた。
サラとエリオットは手当てをすませると、プリンの背に乗った。
ボス狼は背にハンナを乗せて先頭切って走り始めた。
しばらく走ると、サラたちが乗っていた馬に積んでいた荷物を発見したが、馬は見つけられなかった。
しかし、狼の群れとクマに襲い掛かるような獣など、山には存在しない。夜明け前に三人は山を越えることができたのだった。