空気の透き通った空に浮かぶ満月から現れたような狼たちが、遠巻きにエリオットたちを追いかけていた。
狼たちは簡単に襲わず、遠巻きに声を聞かせ、馬の怯えを誘発させていた。
エリオットは何とかなだめすかして馬を走らせている。
「こういう時は、昔から当たりを引くんだよな。俺は」
エリオットは剣に手をかけながら、独り言ちた。
サラとハンナが眠っているのを、背中越しに感じていた。
サラだけでも起こすべきか?
最悪の場合、サラがいればハンナを連れて逃げられるだろう。サラならば乗馬ぐらいできるだろうと、根拠のない自信がエリオットにはあった。
その時、ひときわ大きな遠吠えが山に響き渡る。
その声にサラが目を覚ました。
「え、何? 狼!?」
「ああ、囲まれているようだ」
「そうなの……私はどうしたら良い?」
狼に囲まれている状況で感情的に叫ばず、冷静に自分ができることを確認して来るサラに、エリオットは笑みがこぼれる。
どう育てば、こんな豪胆な女性になるのだろうか。力強い。
そんなサラの言動に、エリオット自身も落ち着けた。
「ハンナと君が馬から落ちないようにしっかり捕まってくれ、狼に怯えて馬が暴れるかもしれないからな」
「分かったわ」
サラは自らを固定している布を外し、ハンナを両腕とその胸で固定し直すと、エリオットの腰にしっかりとつかんだ。
背中の憂いが無くなったエリオットは剣を抜き、馬の速度を緩める。
サラたちが眠っているままで剣を振るうと、サラたちの落馬の危険性があり、ヘタをすれば二人を傷つけてしまう。しかし、今はその心配もない。それにこのままのスピードでは、山を越える前に馬がへばってしまう。
だから、馬をいたわりながら狼をけん制することにしたのだ。
狼は頭が良い。
群れで行動し、集団で獲物を狩る。その対象は基本的に草食動物であり、弱者である。よほど狼たちにとって敵となるものでなければ襲ってこないはずだ。
だから、エリオットは守りに徹し、襲ってきた狼のみ相手をすることにする。
速度を落としたエリオットたちに狼が襲い掛かる。
エリオットは冷静に剣を振るい、狼の悲鳴を作り出す。
二匹、三匹と襲い掛かる狼は全て同じ結果になった。
「これで引き下がってくれると良いんだが」
そんなエリオットの願いも空しく、狼は倒すべき手ごわい相手と理解したようだった。
狼たちは獲物をエリオットから、その馬へと切り替えた。
狼たちは唸り、吠え、馬を誘導しようとする。エリオットは必死に剣で狼たちをけん制しながら馬をコントロールする。
しかし、狼たちには地の理と数の優位性があった。
いつの間にか小道に入り込んでいた。
このままでは、どこに行くか分からない。エリオットのその焦りを狼たちは見逃さなかった。
狼たちが一斉に襲い掛かった。エリオットは必死で剣を振るい、サラやハンナを守ろうとする。つまり、馬と自分は後回しにしたのだった。
その結果、狼の爪は馬の身体に食い込んだ。
「きゃー!!」
暴れ、倒れる馬からハンナが投げ出された。
サラは必死でハンナを抱きしめようと飛び出した。
自分が傷つくことなどいとわない。
ハンナを空中で抱きしめると、衝撃に備えて本能的に体を丸める。
しかし、そのサラの身体は力強くしなやかなもので受け止められた。
「エリオット!」
ハンナを抱きしめたサラと地面の間にエリオットのたくましい身体が挟まれていた。
サラは慌てて起き上がると、エリオットに言った。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「安心しろ、これくらいで怪我をするようなヤワな鍛え方をしていないよ」
そう言って笑いながらも胸を抑えるエリオットだった。そして、自身も起き上がりながら周りを注意深く見ながら言った。
「それよりも気を付けろ」
サラたち三人を取り囲むように狼たちの光る眼がこちらをじっと見ていた。
サラたちを助けるために、手放した剣が狼たちの足元にあるのを見てエリオットはどうすれば二人を逃がすことができるかを考えていた。
倒れた馬の怪我は大したことはなかったようだが、怯えた馬は暗闇の中に走っていってしまった。
狼たちの狙いが馬であり、逃げた馬を追いかけてくれれば、エリオットは一旦山を下りて出直そうと考えていた。
早く王都に行きたい。
しかし、命の方が大事だ。ハンナとサラの。
金で解決するのなら、金などいくらでも出す。
しかし、そんなものが通じる相手ではない。
エリオットは覚悟を決めた。
「サラ、狼たちは俺がどうにかする。だから、逃げろ」
「ダメよ、エリオットを置いてなんて行けないわ」
「このままでは三人とも狼の餌食になってしまう。二人だけでも逃げてくれ」
「いや!」
「……ハンナを……頼む」
エリオットの悲痛の頼み。
初めは次期光の聖女として、拾った孤児。光の聖女として覚醒した時は、自分と同じく国の礎となるだけの存在。
いなくなれば次の光の聖女を探せばいい。
そう思っていた。
しかし、ハンナと旅を続け、サラとの生活を重ね、大事な存在になった。
大事な大事な愛娘。
自分の命を懸けて守りたい存在になった。
そのハンナをエリオットがサラに託したのだ。
その気持ちはサラにも通じた。
「……わかったわ」
サラはぎゅっとハンナを抱きしめ、麓に向かって走り始めた。
そしてそれが戦闘の合図になった。