サラはこの村の特産物としてキノコを育てられないかと、グンマ爺に話をした内容と同じことをジェシカに説明した。
するとジェシカは、驚いたように言った。
「いま、わたしたちも村の特産品について話してたのよ。サラ先生のパンを村の特選品にして売ろうって」
「私のパンって、今朝教えたパンのこと?」
「そう、あんな美味しいパン、どこの村にも無いわ。絶対に他の村から買いに来ると思うの」
「でも、あれって作り方さえ覚えれば誰でも作れるのよ」
「確かに料理って、作り方さえ覚えれば誰でも作れるものだけど、それが今までなかったのが、ミソなんですよ。名前を付けて、この村が元祖だとアピールするのです。そうすれば、そのうち、あのパンが国中に広がっても、この村が元祖として名産品として売れるでしょう。それで、発明者であるサラ先生に村の名産品として売る許可をいただきたいんです」
「別にいいわよ。ただし、あまり秘密主義はダメよ。パンが広まれば、製法を秘密にしたってどこかから漏れるし、中途半端に秘密にするとへんなまがい物が出てきて評判を落とすわよ」
「そこはお任せください。私たち村の青年会がばっちり管理します。それに名前も決めてるの。サラ先生のパンで、サラブレッド。良い名前でしょう」
「ええー!」
こうして、発酵によりふかふかになったパンはサラブレッドと名付けられ売り出されるようになった。そしてそれはいつしか、最高級のパンの称号となり、時を得て意味が変化し、馬の品種となり、血筋の良い人のことをサラブレッドと言われるようになるのは、数百年以上先のことだった。
こうして、収穫祭でサラは二つの目標が出来た。
ひとつは、村の人たちに発酵料理を教えること。これは、エリオットにも言われた発酵の本を作るのにも役立つだろう。いくら、サラが本を書いても、それが理解されなければ意味がない。料理教室を通じて、他の人は何が分からなくて、どう説明すれば理解してくれるかサラ自身が理解できるようになる。
そうしてもう一つは、キノコ作り。
キノコは山で採って来るものだが、当然、山には危険がいっぱいである。クマや狼の野生動物だけでなく、遭難の危険もある。また、毒キノコも多数生えている。だから、キノコを安定して生産できれば、料理の幅が増える。
キノコはうま味の塊だ。
サラも様々なキノコ料理を作りたいのだが、一人で山に入るのは危険なため断念していた。その上、サラには毒キノコの見分けがつかない。本の知識はあるが、キノコは奥が深い。万が一、毒キノコを食べてしまったら取り返しがつかない。
だから、キノコ作りはサラの発酵令嬢の力を試したいという趣味と、料理の幅広が広がると言う実益を兼ね備えた一大プロジェクトなのである。
こうして、新たな目標を得られたサラはご機嫌だった。
ご機嫌すぎて、大事なことを忘れていた。
「サラ、お待たせ」
そこには料理が盛り付けられた皿を二枚持ったエリオットが立っていた。
いつも農作業用に汚れてもいいラフな格好だが、今日はレッドブラウンの騎士服に身を包み、笑顔でサラを迎えに来た。
「え、エリオット?」
「他の誰に見えるんだよ。さあ、サラの分ももらってきたから、一緒に食べよう。それから踊ろうか」
そう言って、エリオットはにっこりと笑った。
こうして、サラはエリオットから偽装恋人の依頼を受けていたことを思い出した。
昨日の時点では、しっかり覚えていた。
しかし、昨日の夜から村娘たちに料理を教えられることに興奮し、その準備に夢中になっていると、エリオットとのダンスのことをすっかり忘れていた。つまり、髪の毛はいつも通り、服装も普段の空色のワンピースに、料理で汚れても良いようにエプロンを付けている。
つまり、ダンスをする服装ではなかった。
このままではエリオットに恥をかかせてしまう。
慌ててサラは頭を下げた。
「ごめんなさい、私、すっかり忘れてて、こんな格好で……それに、料理もしなきゃならないし」
「なに言ってるの、若い者が裏方なんてやってないで、遊んでらっしゃい」
二人の話を聞いていたおばさんがそう言うと、サラの背中を押した。
「……だ、そうだ。俺と一緒に来てくれるかい、マイプリンセス」
「ははは、両手に料理を持ってそのセリフは、いくらエリオットでも似合わないわよ。そうね。お腹もすいたし、お言葉に甘えて行ってきます」
そう言うとサラはエリオットの後について、木陰に腰かけるとエリオットが嬉しそうに言った。
「村のみんなと仲良くなったようだな」
サラはエリオットから渡された食事を食べながら答える。
「ええ、料理って偉大ね。みんな、美味しい物には目が無いのよ。これから、定期的に料理教室を開くことにしたの。それにグンマ爺さんとは一緒にキノコ栽培をする約束をしたわ」
「そうか、それは良かったな……これで、俺たちがいなくなっても大丈夫か」
「え! なんて言ったの?」
「いや、何でもない。しかし、こういう料理もたまにはいいな」
「そうね。煮込み料理はたくさん煮込んだ方が美味しいもんね。家でやったら三日も四日も同じもの食べるようになっちゃうもんね」
「そうだな。ずっと同じものは飽きるな」
「だよね。せっかくの食事ですもの、色々な物が食べたいもの。でも、この煮物美味しいわね。あとで作り方を教えてもらおうかしら」
そう言って、楽しそうに食事をするサラをエリオットは温かい目で見ていた。
自分が作るにはどうしようか思案しながらも、食事自体は楽しんでいる。
ふと、エリオットはあることに気が付いた。