収穫祭の開始は村長の長く面白くない話である。それが終わると、待ちわびた村人は各々食事をし始めた。
それと同時に楽団による音楽も始まりダンスもできるようになる。
しかし、まずは腹ごしらえだ。
村長の話が始まると同時に焼き始めた肉を、村人たちは我先に取りに行く。
そんな中、サラは煮物へ向かうグンマ爺と年寄りたちが気になった。
「グンマ爺さん、バーベキューには行かないの?」
「ああ、あんたかい。若い頃は良かったんだけど、この年になると肉が固くて嚙み切れないんだ。だから、年寄りは良く煮込んで柔らかくなった肉を好むんだよ」
「じゃあ、柔らかくなった焼肉なら良いの?」
「まあ、そうだが……」
「じゃあ、一時間ほどしたらバーベキューの所に来て。美味しい焼肉をごちそうするわ」
そう言ってグンマ爺の返事も聞かずにサラは去って行った。
「一時間くらいでどうにかなるもんじゃないだろう」
猟師であるグンマ爺は、肉の処理や料理についても知識がある。そのため、そんなに簡単に肉が柔らかくなるとは思えなかった。
しかし、サラの宣言した一時間後、グンマ爺は他の年寄りを呼んでいた。
「おい! みんなこれを食って見ろ!」
「なんじゃい、グンマ爺。あんた、そんな分厚い肉を食って大丈夫かい」
「大丈夫も何も柔くて美味いぞ」
そう言って、他の年寄りに勧めると、差し出された老人は戸惑いながらも口に運ぶと驚きの声を上げた。
「なんじゃこれは、柔らかいだけじゃなく美味いぞ」
サラの焼いた肉は瞬く間に評判を呼んだ。
大慌てで肉を焼き始めたサラにグンマ爺が聞いた。
「なあ、これはどうしたんだ?」
「これですか? お肉を塩麹に漬けて置いたのですよ。麹の力でお肉が柔らかく美味しくなるんですよ」
「しおこうじ? それはどんな工事だ?」
「工事じゃなくて、麹です。麴菌の働きですよ」
「それも発酵の力か?」
「ええ、そうです。グンマ爺さんは発酵のことを知っているの?」
サラはまさかグンマ爺の口から発酵の二文字が出て来るとは思っていなかったので、驚きは大きかった。グンマ爺の長い経験から発酵のことを知っているのかとサラは思ったが、それはグンマ爺の口から否定された。
「発酵のことは良く知らん。ただ、孫娘があんたから発酵のことを教えてもらったと、興奮気味に言ってきてな。だから、これもその発酵の力かと思っただけだ」
「あら、朝教えた子たちの中にグンマ爺さんのお孫さんがいたのね」
「あそこにいるのがそうだ」
そう言ってグンマ爺が指さした先にあのソバカス娘がいた。
グンマ爺とサラに気が付いたソバカス娘は手を振りながらやって来た。
「おじいちゃん、サラ先生と何の話をしてるの?」
「ああ、ジェシカや。今、肉が柔らかくなる方法を聞いてたんだ。これも発酵の力らしいぞ」
「ほら、おじいちゃん。わたしが言ったでしょう。サラ先生の発酵はすごいわよね。あんなの堅かったパンだって柔らかくしちゃうんだから」
「そうだな。ほら、あっちでジェシカのことを呼んでいるぞ」
「本当だ! じゃあ行ってくるね。サラ先生、料理教室楽しみにしてますね」
そう言うと、向こうで読んでいる青年の所に駆けて言った。
それを優しい瞳で見送ったグンマ爺はぽつりと言った。
「良い子じゃろう。少し、気が強い所はアレの母親似だが、素直な子だ」
「そうですね」
「……あんたら二人には感謝している」
そう言ってグンマ爺はかぶっていたいたニット帽を脱いで、サラに頭を下げた。
慌ててサラはグンマ爺に頭を上げるように言った。
「頭を上げてください、グンマ爺さん。何言っているんですか、感謝するのはこっちの方です。クマ狩りのあと、あなたが村の人たちに私たちのことを話してくれているのは知っています」
「そのクマ狩りだ。あんな大物が近くまで来ていたんだ。秋になると娘たちがキノコ狩りで山に入るんだ。ジェシカがブファスに出会ったらと考えると……本当にありがとう」
「クマを倒したのはエリオットだし、エリオットも村の一員としてクマ狩りに参加したのだから……あっ!」
「おお、どうしたんだ?」
「キノコ! キノコですよ」
「キノコがどうした?」
「キノコも菌なんですよ。だから、私の力で……」
「あんたの力がどうした?」
グンマ爺の言葉に思わず口走っていたことに気が付き、サラは冷静になった。
この村は貧しい村だ。
今日の収穫祭は年に一度の贅沢と言っていい。
だから何か特産物があれば、他の村と交易ができる。キノコであれば干しておけば保存も効く。菌床になる木は山に豊富にある。発酵令嬢の力で菌を適正に菌床に植え付けることが出来れば、世界初のキノコの養殖ができる。
「ねえ、グンマ爺さん。キノコには詳しい?」
「まあ、山で獲物が捕まえれない時は、代わりにキノコを採ったりもするからな」
「だったら、キノコを育ててみませんか?」
「キノコを育てるだ? キノコは山の恵みだろう。人が育てられるものじゃないだろう」
「そんな事は無いわ。キノコも育てられるはずよ」
サラがおかしなことを言いだしたとグンマ爺は思った。しかし、発酵などという誰も知らない知識を持っているサラが言いだしたことだ、何かやり方があるのかもしれない。そう思ったグンマ爺はサラに聞いた。
「どうやるんだ?」
「私もキノコについてはそんなに詳しくないの。でもキノコは木の栄養を吸って育つのよね」
「ああ、そうだ。じめじめした日陰にある倒木に生えていたり、生きた木に寄生したりする奴もいる。ただ、種も苗も無いから増やすことは出来ないぞ」
「そこは大丈夫。ねえ、冬の間、猟はお休みなんでしょう。その間に、キノコ作りを手伝って欲しいの」
「まあ、どうせ冬の間はやることなんぞ知れているから、良いぞ」
「これが美味く行けば、この村の特産物として売り出しましょう」
サラは、自分でも村の役に立てるかもしれないと嬉しくなり、思わずグンマ爺の手を握って言った。
そのサラにグンマ爺の孫娘ジェシカが話しかけた。
「何の話をしてるの?」