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第74話 収穫祭の準備

 その日は綺麗な秋晴れだった。

 朝一番から、村広場から楽団の練習する音が風に乗って流れて来る。

 サラは朝早くから朝食の準備をすると、ペコに荷物を引かせて収穫祭の準備に出かけて行った。

 一人で起きてきたハンナは、すでに起きていたエリオットに挨拶する。


「おはよう、パパ。ママは?」

「とっくに出かけたぞ」

「えー! おめかししてもらうかと思ったのに」


 ハンナは寝癖が付いたまま、ほっぺをぷっくり膨らませて文句を言った。

 エリオットはハンナの寝癖を直しながら、不思議そうに話しかけた。


「ご飯を食べるのにおめかしするのか?」

「何言ってるのよ。今日はダンスをするんだよ。おめかししないと」

「ダンスには相手がいるんだぞ」

「わかってるよ」

「パパはサラと踊るんだぞ」


 エリオットは自分のことに気を取られすぎて、ハンナのことを気にしていなかったことを思い出した。

せっかくのお祭り。食いしん坊のハンナが家で留守番をするわけもなかった。そうかといって、あまりなじみのない村人の中でハンナを一人にするわけにもいかなかった。

 そんなエリオットの頭にある男の顔が浮かんだ。


「そうか、ロックか。ロックと踊るのか……でも、ロックと踊るのにおしゃれなんて必要無いだろう」

「何言ってるのよ、パパ。ロックは友達で恋人じゃないよ」

「じゃあ、どうするんだ?」

「どうするって、何を?」

「ダンスのパートナーだよ」


 エリオットはハンナの柔らかな髪をすきながら言った。そして、話をしながらもエリオットなりにハンナの髪を可愛らしくセットする。

 ハンナは大人しくエリオットに身を任せながら答えた。


「そんなの村の男の子に決まってるじゃない」

「村の子だと! いや、ちょっと待て。グンマ爺の話だと事前に約束をするらしいぞ」

「そうだよ」

「そうだよって……もしかして」

「約束してるわよ」

「いつの間に!」

「昨日、男の子たちが来たから、約束したよ」


 さすがは可愛いハンナ。村の子たちがほっとかないのも、頷ける。

 エリオットは誇らしい気持ちとともに、心配になった。


「その子はどんな男の子だ?」

「どんなって、色々だよ」

「色々ってどういうことだ?」

「だって、十人くらいと約束したから」

「十人だと!」

「だって、断るのかわいそうじゃない。まあ、パパはママと楽しくしてればいいじゃない」

「いや、俺は他の女性から言い寄られるのが嫌で……」

「ふーん、そうなの。パパありがとう」


 ハンナは支度をすませるさっさと話を切り上げて、そそくさと食事をし、出かけて行こうとする。


「おい、まだ早くないか?」

「うん、でもメグちゃんたちと収穫祭の準備を手伝うって約束してるから」


 そう言ってハンナは家を飛び出して行った。

 いつの間にか村の男の子だけでなく、女の子とも仲良くなっているハンナを見て、子供は少し目を離すとすぐに成長するもんだと感心してしまう。

 もうここに来て半年あまり。本格的な冬が来る前にここを出るべきかエリオットは悩んでいた。


「あまり長くいると、別れづらくなるな」


 誰もいない家でエリオットはつぶやいた。


~*~*~


 サラは目を輝かせ、声を弾ませながら生き生きと料理を教えていた。

 発酵と言う新たな概念を優しく説明し、実際に変化するのを見せながら料理を教えていく。

 村娘たちはサラの説明に合わせながら、パン生地が発酵をするさまを見て驚きの声を上げていた。

 食品の発酵は通常時間がかかる物である。

 味噌や醤油などは数時間でできるものではない。だから、数時間で焼きあがりまでできるパンを選びながら、フレッシュチーズを作って見せる。

 フレッシュチーズは大目に作り、一部の物の水抜きをして熟成させるように提案した。これによって、長期間の保存も効くし、味も変化する。

 片付け始めたみんなにサラは言った。


「時間がかかる物は失敗する可能性もあるから、ちゃんと味見してから食べてね」

「これって、まだ美味しくなるの?」

「ちゃんと発酵させれば、美味しくなるわよ。初めのうちは美味く発酵しているか不安でしょうから、私が定期的に確認するわね」

「じゃあ、定期的に料理教室を開いてくれません?」

「そうよ! それが良いわ。良いでしょうサラ先生」

「は、はい」


 村娘たちに詰め寄られたサラは思わず返事をしてしまった。

 こうして、サラは発酵料理教室を定期的に開くことを約束してしまったのだった。

 そんななか、娘たちが作った料理とは別におばちゃんたちは収穫祭用の料理の数々と準備していた。

 それは煮物、スープが大鍋で作られ、サラダやパンが大皿に盛りつけられていく。そしてメインのバーベキューの肉や野菜もいつでも焼けるように準備されていた。

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