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第73話 サラの勝負

「みんな、落ち着いて!」


 エリオットを助ける声を上げたのは、ハンナだった。

 真剣な顔で怒っているハンナに娘たちが注目した。娘たちの注目が集まった瞬間、ハンナが続けざまに言った。


「パパをめぐって、喧嘩をしないの。パパが困ってるわよ」


 小さな子供に言われて、娘たちは落ち着きを取り戻したかに見えた。

 しかし、長い金髪をたなびかせたソバカス娘が反論した。


「子供は黙ってて、こんないい男、他にいないんだから、みんな必死になるのよ」


 その言葉を聞いて、ハンナは大きく何度も頷いた。


「分かる。わかりますよ。パパはかっこいいもの。でも、みんな、パパがドン引きしているのに気が付いてる?」


 娘たちは困り顔のエリオットを一斉に見た。

 そこには困り果てた顔をしているエリオットがいた。

 それでも、ソバカス娘は引かなかった。


「そんなの関係ないわ。私たちはこの日をどれだけ楽しみにしてたか。せっかくイケメンが村にやって来たのに、なかなか話もできない。この収穫祭が終われば、冬がやって来るわ。そうすれば、ますます会うこともできなくなるのよ」

「そうだね。お姉ちゃんたちの気持ちもハンナはわかるわ。だから、勝負をしましょう」

「勝負?」

「そう、みんながパパに食べてもらおうと、お弁当を持って来てるわよね。だから、お料理勝負をしたらどう? 一番おいしかった料理を持って来た人が、明日、パパとダンスができるのよ」


 娘たちはもともとお弁当で気を引くため気合を入れて作ってきている。

 絶対的アドバンテージを持つサラを引きずり落とせば、チャンスはみんな同じになる。

 だから娘たちはハンナの提案に即座に賛成した。


「いいわよ。ねえ、みんな!」


 それに対して、サラは勝負になるなど全く考えておらず、逆に明日の収穫祭のために食材を取っておこうと、質素にしているくらいだった。

 サラは困った。

 エリオットに完璧な偽装恋人になると約束したのだが、このままではその約束も果たせない。

 サラはハンナを止めようとしたが、すでにエリオットもハンナの提案に乗り、娘たちの弁当を試食し始めていた。

 心配するサラを尻目にエリオットは、どんどんとお弁当を試食していく。

 そして、全てを試食し終えたエリオットは結果を発表した。


「優勝はサラだ!」

「嘘よ!」

「アタシの方が美味しいわよ!」


 高々と宣言するエリオットに娘たちは不満の声を上げる。

みんなこの日のために母親から受け継がれた品。つまり自信の一品を持って来たのだ。

 それがあっさりと負けることに納得がいかなかった。

 口々に文句を言う娘たちにエリオットは言った。


「納得できないのわかる。だから、みんなでサラの料理を試食してみたらいい」


 そう言って、エリオットはサンドウィッチを差し出したのだった。

 娘たちはそれを持って驚き、食べて驚いた。

 それは生ハムとチーズのサンドウィッチである。

 ふわりとしたパンに塗られた発酵バター。塩気とうま味の凝縮した生ハム。コクのあるカマンベールチーズ。シャキッとみずみずしいキュウリのスライス。味付けにマヨネーズに薫り高い黒コショウ。

 それを食べた娘たちは次々に賞賛の声を上げた。


「美味しいわ」

「どうしたら、パンがこんなに柔らかく焼けるの?」

「このお肉は何?」

「こんな味初めて!」


 ソバカス娘を含めて娘たちは互いに驚きを共有した後、ある人物を一斉に見た。

 サラはそんな娘たちに戸惑いを覚えた。それは娘たちの視線が、サラに集まっていたからだった。


「え、なに?」


 発酵というチート技を使ったサラに対して、文句を言うつもりなのだろう。

 いつもなら思わず逃げ出してしまうだろう。しかし、エリオットの偽装恋人の役割を果たさなければならない。

 サラはその場に踏みとどまった。


「か、かかってきなさい」


 サラはへっぴり腰で身構えた。

 そのサラに娘たちはいっせいに口を開いた。


「ねえ、このパンってどうやって作るの?」

「この白いの何?」

「このハム何なの? 何処で売っているの?」

「ねえ、私たちにも料理を教えて!」


 娘たちは目を輝かせながらサラに迫った。

 一瞬なにを言っているのか分からず惚けていたが、ハンナがサラの裾を引っ張ると、我に返った。


「私でよろしければ」


 サラは生ハムサンド作り方を説明したが、発酵という概念の無い娘たちに理解できる訳もなかった。

 だから、明日の午前中。つまり収穫祭の準備の時に説明しながら一緒に料理をすることにした。

 すでに娘たちの興味はエリオットからサラへと完全に移っているのを見て、エリオットはあ然と見ながらも、ホッとしていた。

 それはサラと村娘たちが友人としての一歩を踏み出したことを意味するのだから。

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