「と言うことで、サラ。俺たち恋人になろう」
麦刈りで疲れ果てたサラにエリオットがそう言った。
口に含んだスープを吹き出しそうになるのを必死で抑えたサラは、ゆっくりと飲み込んだ後、口を開いた。
「ちょっと、場所とか雰囲気とか考えてよ。ハンナちゃんがいる前で」
「だめか?」
「え、だめじゃないけど」
「じゃあ、イチャイチャするぞ」
麦刈りは明日まで行われて、三日目の昼から収穫祭を行う。
グンマ爺の話によると、仕事量の多い一日目は麦刈りをしながら同性で情報交換を行い、二日目に行動を起こすとエリオットは聞いていた。だから、明日、サラが恋人だとアピールすれば、無駄に言い寄られることはないだろう。
そんなことをエリオットが考えていると、サラは顔を赤くしてモジモジしながら、エリオットの膝の上に乗って来た。
「サラ、何をしてるんだ?」
「え、さっきエリオットがイチャイチャしたいって……」
「それはみんなの前でという意味なんだが」
「え、エリオットは、そう言うのが良いの?」
「そう言うのって、どういうのだよ。そうじゃなくて、収穫祭は恋人選びの場という意味合いがあるんだ。だから、すでに恋人がいると示しておけば、言い寄られることはないだろう」
「ああ、そう言う意味なの。でも、エリオットはそれで良いの?」
「良いも悪いも、今の俺に恋人を作る暇はない」
そう言って、エリオットはハンナを見た。
ハンナが大人になるまで、恋人を作る気はないと言うことだろう。でも、男親ひとりで子供を育てるのは大変だ。まあ、今はサラと一緒に暮らしているため、その大変さもだいぶ解消されている。普通であればエリオットの両親や兄弟が手伝ってもらうのだろうが……
そう言えばエリオットから家族の話を聞いたことが無いと初めて気が付いた。
「ねえ、エリオット。どうしてハンナちゃんを一人で育てているの? ご両親や兄弟はいないの?」
「両親か……母親はもう死んだ。父親は生きているが、まあ色々あってな。どちらにしろ子育てに向いている人ではない」
「じゃあ、兄弟は?」
「弟が一人いるが……奴はまだ独身だし、まあ、俺以上に問題があるやつだ。ハンナを任せるわけにはいかない。だから、俺の手で育てているんだ」
そう言って、スプーンを持ったままウトウトとしているハンナを支えた。
ハンナの限界を感じたエリオットは、ハンナの口の周りを拭いた後、抱っこをした。
エリオットにはまだ、自分の知らない苦労があるのだと感じたサラは、エリオットの提案を受けることにした。
「わかったわ。私、完璧なエリオットの偽装恋人を演じてあげる」
~*~*~
翌日、サラはエリオットと腕を組み、麦畑に現れた。
そうして昨日一日で作業に慣れた分、エリオットから離れず、どこから見ても恋人のようにふるまい、若い女性が意味もなくエリオットに近づくのをさりげなくけん制した。
曲がりなりにも、社交界の白百合と言われるアリスを教育し、ジェラール王子の婚約者だったサラである。女同士の戦いで辺境の村娘にかなうはずもなかった。
仕事をしながらも、女性らしい可憐で華麗な所作を忘れず、微笑みながらもその目線で釘を刺すのを忘れない。村娘たちは、歯がゆい思いで遠巻きにエリオットたちを見ているしかなかった。
そんな姿を見ていたロックがエリオットに近づいた。
「兄貴、正式にサラと付き合うことにしたんですか?」
「ああ、そうだ」
「そうなんですか。まあ、兄貴たちが付き合っていないことが不思議というか、結婚していないこと自体不思議だったんですがね。そうですか、正式に恋人同士になったんですね」
ロックは腕を組んでうんうんと納得していた。
そのロックにエリオットはささやくように言った。
「実は、明日のダンスに誘われないように、サラに恋人役を頼んだんだ」
「え!……ああ、そう言うことですか。わかりました。ボクもそれとなく噂を流しときますよ」
「頼んだ」
「まかしてください、兄貴」
こうして、サラとロックのおかげで、エリオットに言い寄る女性はいなくなった。と思われたが、年に一回のお祭りである。娘たちはちょっとやそっとでは引き下がる気はなかった。
午前中、様子を見ていた娘たちお昼ご飯を好機と見て動き始めた。
「エリオット様、お隣良いかしら」
「お弁当を作ってきましたの、一緒に食べましょう」
「明日のダンス、一緒に踊っていただけないでしょうか?」
クマ狩りで有名になっていましたエリオットに次から次に女性が群がってきた。
グンマ爺から注意を受けていたエリオットは、冷静にサラを抱き寄せてその女性たちに言った。
「皆さん、ありがとう。申し訳ないが、俺にはもうサラというパートナーがいるんだ」
「収穫祭は一日中ありますから、一曲だけでも踊っていただけないですか?」
「せっかくなのですから、サラさんも他の方と踊ってみてはいかがですか? ロックと一緒に王都仕込みのダンスを見せてくださいな」
サラもロック同様、王都から来ていることは村のみんなに知れ渡っている。それはサラが追放されたことも含めて。
だから、都落ちの可哀想な女は、同じく都落ちの男とお似合いよと嫌味を言われているのだと、サラにも気が付く。
娘たちの猛攻にエリオットが困っていると、思わぬところから助けが来た。