「と言うわけで、兄貴、来週から麦刈り、それが終わったら収穫祭ですよ」
最近、ロックは暇があればサラの家にやって来ている。そうして、ハンナに遊んでもらったり、サラのお菓子を食べながら村の様子をエリオットに話したりしている。サラたちは、必要最低限しか村の人々にかかわらないようにしているため、ロックの情報は役立つのだった。
農村では麦刈りは村を上げて行う一大事業のため、農家でない者もほぼ強制参加させられる。その代わり、無事収穫を終えた後は収穫祭という名の宴会が行われるのだった。
今のところサラは小麦を育てていない。それは単純に麦畑にできるだけの農地がないだけで、土地さえあれば小麦、お米を育てたいと考えているのだった。
そのため、麦づくりのノウハウを学びたい。だから、麦刈りを手伝うことで小麦農家と良い関係が築ければ、相談しやすくなる。
「ロック! 私も手伝うわよ。できれば村一番の小麦作りの上手な家を紹介して!」
「まあ、人手は一人でも多い方が良いから構わないが、お前は麦刈りをしたことあるのか?」
「無いに決まってるじゃない。だから、教えてもらうなら一番上手な人に教えてもらいたいじゃない」
一年前のサラは、農業など全くしたことの無い貴族令嬢であった。発酵令嬢の知識と見よう見まねで畑を作っている素人である。
「かなり体力がいる仕事だぞ。途中で音を上げるなよ」
「ロックが出来るなら、私もできるに決まってるじゃない」
「なにを! これでも兄貴に言われて筋トレしてるんだ。女のお前になんて負けるか!」
麦刈り当日、ハンナよりも先にへばって、木陰に横になるロックを尻目に、ハンナはおばちゃん連中に可愛がられていた。
そしてサラはエリオットと一緒に麦刈りをしている。
根が抜けないように根元を足で押さえながら、鎌でスッと切る。切った小麦を一束にまとめて、畑に置く。
まとめた麦をハンナが拾い、木の棒の所まで持っていくと、おばあちゃんたちが棒に吊るす。
黄金色の海はどんどん枯れていき、代わりに黄金色の傘が畑に出来ていく。
サラは麦を刈る手を止めず、小麦作りのコツなどを聞き出していた。
エリオットは村の娘から遠巻きに歓声を受けながら、麦を刈り続ける。
そんなエリオットに話しかける声があった。
「クマ殺しの英雄が剣を鎌に持ちかえてるんだな」
「グンマ爺さんこそ、弓から鎌に持ち替えるじゃないですか」
「そりゃ、働かざる者、食うべからずってな。収穫祭を楽しみに手伝いに来てるんだ」
そう言いながら慣れた手つきで麦を刈り始めた。
麦の収穫は村にとって喜ばしいことである。豊作であれば豊作であるほど喜ばしい。
しかし、麦刈りは重労働である。
腰を屈めたまま、どんどんと作業をする。麦を刈るにもコツと力がいる。実りが多ければ、その麦に重さもある。一回一回の動作は簡単で楽でも、朝から夕方まで普段行わない動きをすれば体中が痛い。いや、慣れていてもきつい物はきついのだ。
だからこその収穫祭。
これが終われば、収穫祭が待っている。そう思えばこそ、この重労働に耐えられるのだ。
その重労働の大変さを知らない者が収穫祭に参加すると良い顔をされるわけが無い。それがグンマ爺のように生まれながらの村の人間だとしても。
「ところで、英雄さんよ。収穫祭は気を付けなよ」
「俺のことはエリオットで良い。俺もグンマ爺と呼ばせてもらうから」
「分かったよ。エリオット」
グンマ爺は日焼けした皺だらけの顔をほころばせて、にっこり笑った。
クマ狩りに行く直前のエリオットを憎んでいるかのような厳しい顔をしていたのが嘘のようだった。
あの命がけのクマ狩りを乗り越えて、ロックがエリオットに敬意を示すようになったように。グンマ爺とエリオットは盟友のような気持ちをお互いに持っていた。
そんなグンマ爺がエリオットに注意喚起をしてきたのだ。エリオットは素直に聞いた。
「何に気を付けるんだ? 剣術大会でもあるのか?」
「剣術大会か。ハハハ、ある意味それよりも危険だぞ」
「剣術大会よりも危険なこと? そんなことがこの村にはあるのか?」
「ああ、ワシらじじいは食事が楽しみだが、あんたら若い者の収穫祭と言えば、ダンスだ」
グンマ爺は真剣な顔で言った。
その顔を見て、グンマ爺が冗談で言っているわけではないことはエリオットにも通じた。
「なんで、ダンスが危険なんだ? この村特有のダンスなのか?」
「ハハハ、ダンスは普通だ。ほら、娘っ子たちを見ろ」
エリオットは固まりつつある腰を伸ばしながら、周りを見回すと、麦刈りを手伝っている村娘たちも同じように立ち上がり、エリオットに向けて笑いかける。目が合ったエリオットは反射的に笑い返す。
「ハハハ、それだよ。あんたが危険なのは」
「笑いかけたら危険なのか?」
「あんたが若くて顔が良すぎるのが危険なんだ。ダンスは恋人探しの場でもあるんだよ。だからあんたをめぐって娘っ子たちが喧嘩をし始めるかもしれないし、娘っ子を取られて若い衆があんたに嫌がらせをする可能性もあるぞ」
「でも俺は子持ちだぞ」
「娘っ子たちにとって、そこがどこまで足かせになるかは知らんが、若い衆たちには関係ないことだろう。まあ、クマ殺しの英雄に決闘を申し込むような無謀で勇敢な奴はこの村にはおらんだろうが、嫌がらせや嫌味ぐらいは言って来るだろうな。まあ、嬢ちゃんには気をつけておいてやれ。間接的に家族に嫌がらせをするなんて良くあることだろう」
何処の世界もダンスは恋人選びの場か。
エリオットはそう考えながら、どうするか考えていた。
「なあ、グンマ爺。そのダンスって言うのは、すでに恋人がいても誘われるものなのか?」
「普通は誘わないな。その恋人から奪い取ろうと言う人間なら別だが」
「……そうか。ありがとう、グンマ爺」
「なになに、村に無駄な騒動が起こるのが嫌なだけじゃ。ワシも収穫祭が終わった後、しばらく山に籠って冬支度をする。それが終わって帰って来て、村がギスギスするのは好ましくないからな」
猟師であるグンマ爺は、雪が積もり山に入れなく前に大掛かりな漁をするつもりらしい。
普段は猟が終われば毎日村に戻ってくるのだが、この時はしばらく山で過ごすため、村の様子がわからない。冬の間は、村の手伝いをして過ごすため、村の人々との付き合いが多くなる。
あまり人づきあいが好きでないグンマ爺は、その時村の雰囲気が悪いと居心地が悪いと言う。
「俺たちはよそ者だ、村をかき乱すようなことはしないように気を付けるよ」
「そうしてくれると助かる」