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第70話 アリスとの別れ

 翌日、アリスは宣言した通り、王都への帰路につくことになった。

 馬車にサラからのお土産、主に酒と本、を積み、アリスはサラたちにお別れの挨拶をする。


「短い間だったけど、楽しかったわ」

「お姉ちゃん、また来てね」


 ハンナはアリスに抱きつきながら別れを惜しんだ。


「そうね。また原稿が足りなくなったら来るから、サラにいっぱい小説を書かせておいてね。なんだったら、ハンナちゃんが、原稿持って王都に来ても良いのよ。そうすれば、王都をいっぱい案内してあげるわ。サラの料理には負けるけど、王都にもいっぱい美味しい物があるわよ」

「わーい、そのうち行くね」


 アリスはハンナを抱っこしたまま、エリオットに近づいた。


「サラのことをお願いね。もしも泣かすようなことがあったら、ファーメン家の財力全てをつぎ込んでエリーを追い詰めるからね」

「おー、怖いな。しかし、サラのことは安心しろ。俺がいる間は守ってやる」

「絶対よ。約束だからね。あの厄災の神ペスートが来たとしても守るのよ」


 神様相手からでも守れとは無茶なことを言うと、エリオットは心の中で思いながらも笑顔で応えた。


「ああ、任せておけ」


 そんなエリオットを見て安心した表情を浮かべるアリスは、最後にサラの元に行った。


「サラ、頻繁には来れないから、手紙を書くね」

「私も書くわ」

「愛してるわよ、お姉ちゃん」

「私もよ」


 そう言って、二人黙って顔を見合わせた後、アリスは馬車に乗り込んだ。

 そのアリスをエリオットが止めた。


「こら! どさくさに紛れてハンナを連れて行こうとするな!」


 アリスはハンナを抱きかかえたまま、馬車に乗り込んだのだ。


「ちぇっ! 気が付いたか」


 エリオットによりハンナが馬車から降ろされた後、アリスは王都へと向かったのだった。

 アリスが帰った後の家に入ると、サラはなんだか、寂しく感じた。

 少し前と同じのはず。エリオットがいて、ハンナがいて、寂しく感じるような事は無いはず。でも、あのわがままで、可愛らしくて、おしゃべりで、美しくて、太陽のような妹がいなくなり、サラは何だか悲しい気持ちになってきた。


「ママ……」


 そんなサラに向かって、ハンナが両手を突き出していた。

 ハンナにしては珍しく、抱っこをせがむポーズだ。

 サラはその暖かくやわらかいハンナを抱き上げた。


「ママ、淋しいね。お姉ちゃんいなくなって、淋しいね」

「そうね。でも、二度と会えないわけじゃないし、手紙を書くわ。私が手紙を送ることでアリスちゃんに何か不都合があるかと思っていたけれど、心配なさそうだから」

「うん、それが良いと思う。お姉ちゃんはママ以上に淋しがり屋さんだから、きっと喜ぶよ」


 そう言って、白百合の嵐が去った日常に戻ったのだった。


~*~*~


 アリスが王都に戻り、しばらく経った後の夜遅く。

その夜は新月だった。

 夜風は秋の訪れを告げているようだった。


「報告を」

「はい」


 影は返事をする。すでにエリオットはロックの報告を受けていた。ロックは、知識はあるが、社交性に欠け、プライドが高いだけの小物であること。本当にストレスがかかれば、さっさと逃げてしまう危険性のない男という評価だった。

 今回はファーメン家。というよりもアリスとサラの二人の報告だった。

 サラの不思議な力については誰も知らず、徹底的に隠匿されており詳細は不明。ただし、今の地下室にあるような発酵食品の一部が、ファーメン家の食糧庫には残されているため、かなり前からその力を持っていたことは確認できた。

 アリスについては、王都ではサラの前で見せたような性格を誰も知らず、両親でさえ理想の淑女白百合が素のアリスだと思い込んでいる。そのため、サラとアリスが、二人っきりのファーメン家の屋敷の中で表には出せないようなことをしていた可能性は否定できない、とのことだった。


「それでは、サラがあの力を外で使った事は無いと言うことか」

「はい、しかし、気になる証言が」

「なんだ?」

「ジェラール王子がサラ嬢とお会いになった後、高確率で熱を出していたと言うことです。特に婚約破棄直前で言えば必ずです」

「つまり、サラはジェラールにその力を使っていたと言うことか?」

「その可能性が高いです」


 つまり、サラの力は人の役に立つ聖女としての力だけでなく、人に害なす魔女の力の可能性もあると言うことだ。

 エリオットはサラの言葉を思い出した。

『人に役立つ物を発酵。人の毒になる物を腐敗』と言った。

 つまり、サラの力を人の役に立てる場合は聖女。人の害になる場合は悪女となる。

 まるで、白百合とアリスの二面性のようにエリオットは感じた。


「ファーメン家の人間はみんなそうなのか?」

「どう言うことでしょうか?」


 影がいることも忘れて、エリオットは思わず独り言を口にしていた。


「いや、良い。気にするな。それより、王都の様子を教えてくれ」


 王陛下がご健啖なことを良いことにジェラール王子が宮殿を我が物顔でふるまっている。

 王都では病が流行り始めている。

 今年の小麦は豊作の兆しが見え、税収の増加が見込める。

 隣国のベラルギー王国より、毎年恒例の国境付近への進軍が見られる。

 公爵家に嫁いだ王妹殿下に懐妊の兆しがあることなどが伝えられた。


 一通り報告を聞いたエリオットは、影に新たな指令を与えた後、星明りしかないほぼ暗闇の夜の中、自然と一体化していた。

 エリオットはサラが“導き手”だと思っていた。

 伝承に記されている光の聖女の導き手。

 光の聖女を見出し、真の聖女として道を示す導き手。

 まだ、真の力に目覚めていないハンナを光の聖女として覚醒させるのはサラであると、エリオットは期待している。

 そのサラにあのような力を宿しているとは予想外だった。


「サラは経過観察だな。ハンナがサラとの接触にて光の聖女としての開花が見込めないようであれば、これからのことを考えなければいけないな」


 そうつぶやいたエリオットの言葉は秋風に溶けて消えて行った。

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