「ねえ、サラ。王都に戻らないの?」
夕食後、お茶を飲みながらアリスは言った。
洗い物が終わったサラは手を拭きながら首を振った。
「なんで? 旅費ならサラの本の売り上げを使えばいいでしょう」
「そう言う問題じゃないのよ」
「王都に来れば、エリーは士官もしやすいし、ハンナちゃんにも良い教育を受けさせることもできるわよ」
自分のコップを持ってアリスの前に座りながら、サラは言った。
「私は追放されたのよ。ジェラード王子の許しが無ければ王都に入れないのよ。万が一、見つかったりしたら、処刑よ。もしかしたらその余波でファーメン家も取り潰しになるかもよ」
「そうなの? じゃあ、こんな遠い所じゃなくて、もっと近い所にこそっと引っ越せば良いんじゃない? そうすれば、アリスももっと頻繁にサラは会いに来れるのに」
今のファーメン家、いや、王都で真のアリスの性格を出せる相手はいない。アリスにとって、サラは唯一、心の底から自分をさらけ出せる相手で、唯一の姉妹。
サラが王都を去って、淋しいわけが無かった。
たとえ、同じ王都にいなくても、一日くらいで行ける距離ならば、アリスはどんな手を使ってでもサラに会いに来ていただろう。
しかし、王都からこの村まで馬車で五日ほど、山も越えなければならず、時期によってはもっと時間がかかる。女性のアリスが簡単に来れる距離ではない。だから、アリスがサラに会いに来るのにどれだけの苦労をしたのか、サラにも分かっている。
「ごめんね、アリスちゃん」
サラはアリスの隣に移動すると、アリスの手を握った。
すると、アリスはそっとサラの肩に頭を乗せた。
「ねえ、サラは今、幸せ?」
「そうね。幸せよ」
「アリスがいないのに」
「アリスちゃんがいないのは淋しいわよ。でも、いつかはアリスちゃんも誰かに嫁いで家を出てしまうと覚悟をしてたから。まあ、私の方が先に家を出ちゃったんだけど」
「……本当はサラが追放された時に、アリスも一緒に行きたかったの。でも、お父様とお母様が反対して……だから、サラの本でお金を儲けて、お父様たちに許可をもらったのよ」
アリスとサラの両親は、お金さえ積めばどうにかなる。ただし、婚約破棄の上、王族暗殺容疑をかけられて追放された娘に会いに行くなど、生半端なお金では納得しないことは、サラにもわかっている。
「ごめんね、アリスちゃん。私だけ、好きに生きて」
「そうじゃないの。サラが幸せならアリスは良いの。今までずっとアリスのために自分を犠牲にしてくれてたのは知ってるから。だから、ジェラード王子がサラと婚約した時は嬉しかったの。やっとサラのことを認めてくれる人が現れたって。それが、サラの憧れる王子様なんて最高じゃない。でも、違ってた。あれは、本物の王子様じゃない。サラを婚約者にして、『可愛い義妹よ』と言いながら何度もアリスに言い寄って来たのよ。汚らわしい。あれだけの地位がありながら、まっすぐに言い寄って来るならともかく、サラを足掛かりのように使おうとする魂胆が腐っているわ。そして、アリスに気が無いことが分かると、あのマーガレットとか言う平民に言い寄られて婚約したのよ。それも、彼女が平民というところに惹かれたとか。大方、自分を悲劇の主人公か何かと勘違いしているのよ。だから、『政略結婚であったサラと婚約破棄し、真の愛の持ち主であるマーガレットと婚約する』なんて言っちゃうのよ。全く、サラのことを分かってない。みんな、馬鹿よ。バカバカバカバカ」
流れ落ちる涙をそのままに、アリスは悔しさを口にする。
サラはそんなアリスをそっと抱きしめ、アリスの気持ちが落ち着くのを待った。
涙を拭いたアリスは顔を上げた。
「ねえ、サラ。エリーもハンナちゃんも良い人よね。二人ともサラのことが好きなのがアリスにも伝わるわ。だから、ここに来てよかった。安心したわ。だから、アリスは明日、帰るわ」
「そんな、もっとゆっくり……ねえ、アリスちゃんも一緒に暮らさない?」
サラの突然の提案に、アリスは一瞬喜びの表情を浮かべたが、静かに首を横に振った。
「ダメなのよ。お父様たちとの約束で、ちゃんと帰って来ることを条件に来たの。だから、アリスがここに長くいると、お父様たちの使いの者が来るわ」
「でも……」
「大丈夫よ。別にアリスは白百合を演じているのも嫌いじゃないの。だから、ここにずっといると、白百合に戻れなくなっちゃうわよ」
「……」
その言葉に、サラは何も言えず、最愛の妹をそっと抱きしめることしかできなかった。
その夜、二人はお互いに会えなかった間に起こったことなどを遅くまで話しながら眠りについたのだった。