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第67話 サラの報酬

 久しぶりに一人で眠ったサラは、いつも通り朝一番に起きて朝食の準備を始めた。

 するとハンナを抱っこしたアリスが起きてきた。

 寝ぼけ眼のハンナを大事そうにソファに降ろすと、アリスは土下座をする勢いでサラに謝って来た。


「ごめんなさい、サラ。昨日はやりすぎたわ」


 サラは持っていた皿を落としそうになるのを何とか抑えた。

 アリスがこんなにも素直に謝るのは異常事態だ。


「アリスちゃん、どうしたの? 具合が悪いの? エリオットの病気が移ったのかしら?」


 サラは発酵令嬢の力でアリスの身体を見るが、特に異常は見られなかった。


「何言ってるのよ、サラ。昨日の夜、ハンナちゃんに言われて、アリス、反省したの。人の恋路は見守るものだって。周りが騒ぎ立てれば立てるだけ、当人の気持ちが冷めることもあるし、そもそもそう言う気持ちは当人たちが守り、はぐくみ、気が付くのが大事よね。ちなみに、アリスはエリーのことを見直してはいるけど、別に男性として好きじゃないから安心してね。いくら、アリスだってサラの好きな人を横から取ろうなんて思っていないわ。でも、万が一エリーがアリスのことを好きになっちゃってたらごめんね。でも安心して、アリスはもう王都に帰るから。でも、手紙送ってね」

「ええ、手紙を送るわ……え! アリスちゃん、もう帰っちゃうの?」


 アリスの突然の宣言に、サラは驚いた。

来るときも急だが、帰るときも急。

 サラはせっかく遠い所から来た妹とゆっくり話をしたいとも考えていた。

 来たと思えば、エリオットと決闘を始めたと思えば、エリオットにべたべたし始めて、ゆっくり話をする時間もなかった。


「ねえ、せめてもう、2,3日居てよ」

「でも……」

「ママがそう言うなら、居たらいいよ。でも、分かってるわよね、お姉ちゃん」


 ハンナは朝ごはんを食べながら、アリスに許可を出しながらクギを刺す。

 アリスは、ハンナの言葉にパッと明るい顔になった。


「分かっているわよ。じゃあ、サラ、ハンナちゃんが許可してくれたから、しばらくお世話になるわね。そうだ! 忘れないうちに渡しとくわね」


 そう言うと、アリスはどこからか、大量の金貨を取り出した。ちょうど、その時、エリオットがリビングに入って来た。


「おお、どうしたんだ、この金は?」

「そうよ、何なのこのお金は?」

「このお金? 発行令嬢の本の売り上げの一部よ。作者であるサラの取り分を持って来たのよ。アリスが何もないのに、こんな所まで来るわけないでしょう」


 本の売り上げにしては額が多すぎる。ざっと見ただけで、エリオット達を含めて三人が十年は贅沢に暮らして行けるだけの金額はあった。今の慎ましやかな生活であれば、その倍は十分生活できる。そんな金額をアリスはポンと出してきたのだ。


「私の本の売り上げが、こんなにもなるわけないじゃない」

「何を言っているのよ。ファーメン家の財力、アリスの宣伝力、そしてサラの文才があればこれくらい楽勝よ」


 確かに商売上手なファーメン家を後ろ盾に、社交界で男女問わず影響力のあるアリスが宣伝したのなら、売れないはずがない。たとえ、内容がお粗末な物だとしても。

 そもそも、サラの小説は自分のための小説である。

 だから、こんなにお金をもらえるようなものではない。

 サラはそう考えると、お金をアリスに押し返した。


「これは、アリスちゃんがアリスちゃんの力で儲けたお金よ。だから受け取れないわ」

「何言ってるのよ。いくらアリスの力がすごいからって、読者も馬鹿じゃないわ。面白くなければ何十冊も買わないわよ。アリスはサラの小説に興味を持つ手助けをしただけよ。だから、これはサラが受け取るべきものなの。それにお父様たちやアリスの取り分はすでに受け取っているから、何も気にしなくていいのよ。こんな田舎暮らしとは言え、お金があって困る事は無いでしょう。ハンナちゃんが大きくなれば、何かとお金は必要よ。それまでに、エリーが騎士として士官できていればいいけど、今のところ、そのメドも立っていないんでしょう。あとからお金を融通してって言われても困るわよ。サラも知っているように、お金は生き物。有る時は有るけど、無い時にはとことん無いのよ。だから有る時にしっかり溜めておかないと将来困るわよ。一年もたたないうちにファーメン家の考えを忘れたわけじゃないでしょうね」


 アリスの言う通り、サラ一人であればどうとでも生きていけるだろう。しかし、エリオットとハンナ、特にハンナにはこれからいろいろとお金が必要になって来るだろう。

 それまで、二人がこの家に居続けてくれているかどうかは分からない。

 それならそれで、家を出る時に餞別の一つくらい渡したい気持ちもある。

 アリスに言われて、サラも納得した。


「分かった。でも、これを全部もらうことはしないわ。今は一部だけもらっておくわ。残りはアリスちゃんに預けるから、良いように運用してね、それで得られた利益の半分がアリスちゃんの取り分、残りはそのまま運用に回しておいて」


 曲がりなりにもサラもファーメン家の人間である。お金は勝手には増えないことを良く知っている。いや、置いておくだけであれば、使わなくても減っていくのだ。世の中の物価という物は必ず上がっていく。だから、何もせず置いているとその価値は徐々に減っていく。しかし、やり方次第ではお金がお金を生んでくれる。

 しかし、こんな田舎ではそのようなことは出来ないし、身の丈以上のお金を近くに置いておくことは、不幸を呼び寄せることになるかもしれない。

 だから、サラはその一部だけ手元に残し、残りをアリスに預けることにしたのだった。

 サラがそう言うのを予想していたかのように、アリスは一枚の紙を出した。


「はい、これが預かり証ね。ここに金額とサインを頂戴。1年ごとの更新だから、忘れないでね」


 こうして、サラは当分、生活に困らないだけのお金を手に入れたのだった。

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