「エリオット様、あーん」
エリオットの隣の席に座ったアリスは、鍋から取り分けた肉をエリオットに食べさせようとする。
上目遣いで、可愛らしく笑いながら、小鳥のような声でエリオットにあーんをする。
それに対して、困ったようにエリオットは拒否の意思を発する。
「いや、自分で食べるから良い」
「えー、よろしいじゃないですかー。それともワタクシが取り分けた料理ではご不満ですか?」
「そう言う問題じゃない。子供じゃないんだから、自分の分は自分で食べる。それに、その話し方は何だ? ここは社交場じゃないんだぞ」
「あら、エリオット様は素のワタクシの方が好みですの?」
「好みとか好みじゃないとかの問題じゃなく、ここでそんな自分に着飾った人間の相手はしたくないだけだ」
「では、遠慮なく、普段のアリスとして、接しさせていただきますね。でも、流石エリオット様」
「何がだ?」
「普通、みなさん、アリスのことを白百合と呼んで、アリスに自分が求める理想の淑女像を求めるのに、エリオット様は素のアリスを求めてくれるのですね。ますます、好きになって来たわ」
そう言うと、アリスはエリオットの太い腕に抱きついた。その胸を押し付けるようにして。
「お、何をしてるんだ。食べにくいだろう。別に俺は素のお前を求めているのではなく、そのままのお前を知っているのに、取り繕ってこられても気持ち悪いだけだ」
「そう? だったら遠慮なく、普通に話させてもらうわ。ところでエリオットって、なんて呼べばいい?」
「好きに呼べばいい」
「じゃあ、パパって呼んでいい?」
おもわず、エリオットは吹き出した。何のつもりかとアリスを見ると、いたずらっ子の顔をしていた。
エリオットは大きくため息をつくと、あきれ声で言った。
「いつから、俺の娘になったんだ? お前は恋人よりも父親が恋しいのか?」
「な、なにを言ってるのよ。父親なんていらないわよ。私の家族はサラだけなんだから!」
エリオットをからかうつもりで言った言葉が、思いがけず自分に帰って来て戸惑ったアリスは思わず声を荒らげた。
しかし、すぐ冷静になったアリスは言った。
「じゃあ、エリーって呼んでいい?」
「良いが、それって女の名前じゃないか」
「あら、可愛らしいでしょう。よろしくね、エリー」
そう言うとアリスは魅惑的なウインクをする。
そんな老若男女を魅惑するアリスのウインクを見て、ハンナが言った。
「ねえ、お姉ちゃんって、パパのことが好きなの?」
「ええ、そうよ。だから、アリスのこともママって呼んでいいのよ」
「えー、やだ!」
ハンナはぷいっと横を向いて否定する。
エリオットに認められるためには、愛娘の協力は必須。アリスは本能的にそう感じ取ると、ハンナに尋ねた。
「サラにはママって呼んでいるのに、どうしてアリスはダメなの?」
「だって、お姉ちゃんは本物じゃないじゃない」
「本物じゃない?」
「そう。お姉ちゃんは本物じゃないの」
「それって、どういうこと? 今のアリスの何が本物じゃないの?」
「それはお姉ちゃん自身が分かってるじゃないの?」
ハンナはそれだけ言うと、食事に戻った。
そして、サラはその三人のやり取りをただただ黙って見ているだけだった。
アリスが自ら人を好きだと言うのを初めて見た。
いつも誰かに言い寄られて、それを優雅に受け流している社交界のしなやかで艶やかで高嶺の花ではないけれど、誰の手にも収まらない白百合。それがアリスだった。
姉としてアリス自身が好きになる相手と早く結ばれることを望んでいた。
しかし、まさかその相手がエリオットだとは思いもよらなかった。
エリオットは魅力的な男性だ。アリスが好きになる気持ちもわかる。
分かるのだが、サラの心はもやもやとしていた。
サラはその初めての感覚に戸惑いながらも、二人のやり取りを見ていることしかできなかった。
~*~*~
翌朝、ロックがやって来た。
プリンの小屋が完成して、その使い勝手を確認しに来たのだった。
「どうですか? わが友ハンナ」
「いいみたい。プリンも気に入ったって」
サラが言うように子グマのプリンは、部屋の柱に体を擦りつけるしぐさをしていた。
これはクマがマーキングをするときのしぐさである。つまり、プリンはこの部屋を自分の縄張りだと認識したようだった。
そして、ロックはハンナからOKをもらえて、満面の笑みを浮かべる。
そんなロックの傍らで、エリオットは小屋のあっちこっちを押していた。
「これだけ丈夫だと、プリンが暴れても大丈夫だな。それに広さも今のプリンのサイズではなく、プリンの母グマのブファスで考えているのだな」
「ええ、あいつの大きさは忘れろと言っても忘れられるもんじゃないですからね。ところでなんでサラの妹さんが兄貴にくっついているんですか?」
エリオットの側を離れないアリスを見て、ロックは不思議そうに訊ねた。
アリスは白百合の仮面をかぶったまま、華麗に答える。
「お邪魔でしょうか? ワタクシ、エリーのおそばを片時も離れたくないのです」
社交界の白百合と言われる可憐な女性に『お邪魔でしょうか』と極上の微笑みで言われて、邪魔だと言えない男がこの世に存在するだろうか?
「邪魔だ」
黙って首を振るロックとは対照的に、エリオットはきっぱりと言い放った。
そんなエリオットに対して嫌悪感をあらわにするどころか、うっとりした目で見つめるアリス。
「さすが、エリー。その自分の意見をはっきり言うところがステキです」
そう言いながらエリオットに抱きつく。
そんなアリスをサラは、抱きかかえるようにエリオットから引き離した。
「アリスちゃん、エリオットの邪魔になるでしょう」
「そんなことはないですわよね。エリー」
「邪魔って言っているだろう。それよりもサラ、そろそろ、トウモロコシが良い具合だったぞ」
べったりして来るアリスを無視して、エリオットはサラを畑仕事に誘う。
そんなエリオットの様子になぜかホッとしたサラは、畑に行く準備をしながら言った。
「ありがとうね、ロック。そうだ、お礼にトウモロコシでも持って行ってちょうだい」