サラがベッドの上で目覚めると、窓の外の空には綺麗な夕焼けが広がっていた。
遠くの山でカラスが鳴いている。
「やっちゃった!」
サラは布団をかぶって叫んだ。
エリオットのことは好きだ。好きだけども、この好きはどの好きなのか、モヤモヤしていた。エリオットの赤ちゃんを産むことに何も問題は無い。エリオットも父親として認知してくれると了解を取っている。そして、これまでハンナを含めて三人で仲良く暮らしてきた。
ほぼ家族である。
恋愛をすっぽかして、エリオットに感じているのは、家族愛ではないのか?
そんな思いがサラを悩ませていた。
エリオットは夫として何の不満も無い。
明るく、優しく、ユーモアに満ちて、そして畑仕事や力仕事も何一つ嫌がらずにしてくれる。子供であるハンナにも優しい理想的な父親だ。
そう、父親なのである。
これまでまともな恋と言うものを知らないサラは、恋愛について本の知識しかない。
すべてを捨てて求めあう炎のような恋愛。
目が合うだけでドキドキして、会えなくなると胸を引き裂かれるような悲しみに苛まれる。
そう言うのが恋愛だと。
今のエリオットに対する穏やかで優しい好きは、恋なのだろうか?
仮にエリオットがいなくなったことを想像してみた。涙が出るほど悲しくなる。でも、それはハンナに対しても同じだ。
では、恋愛と家族愛はどう違うのか?
経験の浅いサラにはその違いが分からなかった。
一人思い悩むサラの部屋にアリスが水を持って来た。
「サラ、大丈夫? お酒はそんなに強くないのに、一気飲みなんてしないでよ」
「ごめんなさい。でも、アリスちゃんがおかしなことを言うから」
「おかしなことって?」
「私がエリオットのことが好きだなんて」
「え! 間違ってた?」
「……間違ってはないんだけど」
サラはアリスから手渡されたコップに口をつけながら、自分の疑問を口にしてみた。
「私のエリオットに対する気持ちって、恋愛なのかな? それとも家族愛なのか?」
普段、世話焼きで完璧な姉が、初めてアリスに対して相談を持ち掛けたのだった。
驚きを隠せないアリスは、しばらく考えた後、答えた。
「ねえ、サラ。アリスはしばらくこの家に居るから、それで結論を考えてみたら?」
愛しの妹が家に居るのは全く問題ない。狭いながらも部屋に余裕もある。しかし、アリスがいることによって、自分自身でさえ分からないこの気持ちに結論が出るのだろうかとも、疑問があった。しかし、藁にもすがる思いでサラは了承した。
「アリスちゃんが何を考えているのか分からないけど、分かったわ」
「良かった。じゃあ、さっそく晩御飯にしましょうよ」
そう言えば今日は朝からアリスたちの決闘があり、遅い朝食を食べたきりだった。その朝食も途中だった。
みんなお腹を空かせているに違いない。
ファーメン家の料理長として、サラはベッドを飛び起きると、大急ぎで夕食の準備を始めたのだった。
食事の準備をしていなかったサラは考えた。
短時間で4人がお腹いっぱいになる料理。
答えは一つだ。
それは鍋料理。
鍋に水を張り、火にかけるとキノコ類、根菜類を入れ、お湯が沸く間におコメを炊く。
お湯が沸騰してきたら肉を入れ灰汁を取り除き、葉物を入れる。
具材が煮えてきたら、味噌、お酒、しょうゆを入れて味を調えると完成!
おコメが炊けるまで、しばらく鍋は火からおろして置く。
その料理を見て、ハンナが不思議そうにサラに尋ねた。
「今日は大きなお味噌汁だけ?」
「そうよ。大きなお味噌汁。お味噌汁の王様、味噌鍋よ」
「お味噌汁にも王様がいるの? だったら女王様もいるの?」
「いるわよ。豚汁っていう女王様が」
「へー! ハンナ、女王様も食べてみたい」
「それは、また今度作ってあげるわね。あ、エリオットが帰って来たみたいね」
お酒を飲んで眠ってしまったサラの代わりに畑仕事をしていたエリオットが玄関のドアを開けた。
土と汗に汚れたエリオットに、真っ先に駆け寄ったのはアリスだった。
冷たく濡らしたタオルを持ち、エリオットを気遣うように言った。
「お帰りなさいませ、エリオット様。こちらで汗をお拭きになってくださいませ」
社交界の人々の心を魅了した笑顔でエリオットにタオルを渡す。
本来のアリスの性格を知ってしまったエリオットは、その姿に困惑しながらも礼を言う。
「ああ、ありがとう。しかし、急にどうしたんだ?」
「急にも何も、エリオット様の凄さを目の当たりにして、ワタクシ、エリオット様に心を奪われてしまいましたわ」
「ア、 アリスちゃん!」
アリスの言葉にサラが驚きの声を上げた。
それに対して、アリスは宣戦布告をする。
「いくら愛しのお姉様とは言え、恋のライバルとなった今、お互いに遠慮は不要ですわよ」
「恋のライバル!? 何を言っているのよ」
「そうだ、お前は俺のことが嫌いじゃなかったのか?」
「エリオット様のことを良く知らずにいきなり決闘を申し込んだことは、心より謝罪しますわ。ワタクシの未熟さ故ですわ。でも、それでエリオット様のことを知れました。ワタクシ、敬服いたしましたの」
アリスは優雅に頭を下げた。
驚きを隠せないエリオットとサラに、アリスは美しい微笑みを浮かべながら続けた。
「それに好きの反対は嫌いではないのです。無関心ですわ。ですから、嫌いから好きになることなど、恋愛では良くあることですわ」
アリスの言葉に、サラはこれまで読み漁っていた恋愛小説にも同じようなパターンがあったと思い出していた。