三人で話をしていたのに一向に話に加わってこないアリスに違和感を覚えていたサラだったが、エリオットとの決闘でコテンパンに打ちのめされたことがショックで静かにしているものだと思っていた。
それが、地下から持って来た酒を飲みながら、食事を取っていた。
三人の視線を一斉に浴びた当のアリスは涼しい顔でグラスお酒を飲み干すと、新たに注ぎながら、とぼけた口調で言った。
「何? 三人ともそんな顔でアリスを見て」
「アリスちゃん、なんで勝手に飲んでるの?」
「なんでって、サラの料理は全てアリスのためのものでしょう。だから、このお酒もアリスの物じゃない。あっ、ちなみに、これ、ぶどうの風味が感じられてすっきりとしてるけど、深みがあまりないわね。食事の時にいただくのには良いけど、チーズみたいに癖の強いものと一緒だと負けちゃうわね。でも、アリスは嫌いじゃないわ。次に期待ね。それと、この生ハムとチーズだけど、一口サイズのカリカリのパンの上に乗せたら、お酒に合うと思うわよ」
勝手に酒を飲んだことを怒られているはずなのに、なぜか食レポをするアリスに、エリオットは言った。
「俺はこの生ハムってやつがこんなに薄っぺらなのが許せないな。こんなに美味しいなら、もっと厚くしてほしいぞ」
「ハッ! これだから素人は……じゃあ、これを食べてごらんなさいよ」
そう言ってアリスは厚めに切った生ハムを、エリオットとハンナに渡した。
すると二人は喜んで口に入れると、もぐもぐと咀嚼し始めた。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
黙って、生ハムを噛み続けるエリオットとハンナ。
先に根を上げたのはハンナだった。
「ねえ、ママ。これ、ぺってしてもいい?」
「なんだ、もぐもぐ、ハンナ。もう、降参か? もぐもぐ」
「ねえ、パパ。美味しい?」
「……アゴが疲れるだけだ」
生ハムを飲み込むことを諦めた二人を見て、アリスはドヤ顔で言った。
「アリスの言った通りでしょう。生ハムは薄い方が美味しいのよ」
「アリスちゃんも初めはめんどうがって厚く切って後悔したもんね」
「サラは黙ってて!」
「なんだ、お前も通って来た道か」
アリスのドヤ顔に対抗して、皮肉そうな顔をしたエリオットが鼻で笑う。
それを見てお酒が入って口の軽くなったアリスが、文句を言った。
「なんで、サラはこんな男が好きなのよ! いくらカッコ良くたって、強くたって、頭が良くたって、可愛い娘がいたって、アリスは認めない!」
「アリスちゃん、何言ってるのよ。ちょっと落ち着いて」
「だって、そうでしょう。ファーメン家の女がお金儲けの一つもできない男に嫁いじゃダメなの!」
守銭奴ファーメン家の血は、社交界の白百合と言われるアリスの中にも流れている。いや、アリスにこそ色濃く受け継がれているのだが、サラの長年の教育の賜物で、その性格は隠され、淑女の見本と言われる白百合の花弁をかぶっているだけだった。
サラだけが、そのファーメン家の血を受け継がずにいたのだった。
エリオットはそんなサラに問いかけた。
「サラは俺のことが好きなのか? でも、俺は子持ちの騎士見習いだぞ」
「いや、違うのよ。別にエリオットのことが好きじゃないわ。いや、この言い方だと、嫌いみたいに聞こえちゃうわね。そうじゃないの。嫌いじゃないの、好きよ。でも、なんて言うか……家族。そう、家族よ。私はハンナちゃんもアリスちゃんも大好きよ。それと同じ好きなの。だから、ハンナちゃんも込みでエリオットが好きなのよ」
「つまり、それは俺のことを男として見ていないってことか? それはそれで傷つくな」
「え、いや、エリオットはかっこいいわよ。かっこいいを通り越して美しいわ。でも、美しいだけじゃなく、人間味があって……あー! もう、私、何言ってるのよ」
パニックになったサラは、酒の入ったアリスのグラスを奪い取ると一気に飲み干した。
茹蛸のようになったサラはエリオットを指さして言った。
「どっちにしろ、赤ちゃんができたるんだから、責任を取ってもらいますからね!」
そう言うとサラは眠りこけてしまった。