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第61話 サラの性癖

 発酵について本にまとめるエリオットの提案を止めたのは、サラの妹のアリスだった。

 一度、地下室から出た行ったにもかかわらず、再度戻って来たのだ。

 そのアリスに、エリオットは聞いた。


「なぜ、サラの力を本にまとめるのが何でダメなんだ?」

「私の力じゃなくて、発酵の力ね。それでなぜダメなの?」


 サラはエリオットの言葉を訂正しながら、同じように尋ねた。

 二人からの問いにアリスは当然と言った風にあっさりと答えた。


「サラはそんなものを書いている暇はないの。新作の恋愛小説を書いてもらわないといけないのよ。100万人の発行令嬢ファンが待っているのよ」

「何言ってるのよ! 私の小説にそんなにファンがいるわけないじゃない!」

「そうかな? ママの小説おもしろいよ」


 いつの間にかハンナまで地下室にやって来ていた。その手にはサラの処女作が握られており、すでに半分近くまで読んでいるようだった。。


「ほら、たった今、100万1人目のファンが誕生したわよ。でも、今の人気に胡坐をかいちゃダメよ。読者は新たな物語と作家を待っているのよ。定期的に新作を出さないとファンはすぐに離れていくわよ。あ! でも、新作ならなんだっていいわけじゃないのよ。旧作を越える面白さ。トレンドに乗った作品を出さないとダメよ。かと言ってファンに媚びちゃダメ! そう言うのは、読者は敏感に読み解くのよ。あっ! こいつ日和ったな。人気取りに走ったなって作品の向こうに作家が見えちゃうと読者は離れて行っちゃうわよ。読者はね、上手に物語の世界に浸かりたいの。キャラクターに共感したいの。恋愛小説なら、キュンキュンしたいの、泣きたいの、ドキドキしたいの。ワンパターン? そうじゃないの、王道よ。王道の中に性癖という名のオリジナリティのスパイスを足すのよ。サラの性癖をさらけ出すのよ。湧き出す性癖を物語にぶつけるのよ。だから、そんな変な本を書く暇なんてこれっぽっちも無いのよ。サラは、美味しい料理を作ってアリスのお世話をして、恋愛小説を書いていれば良いの!」


 スラスラととどまることなく自分の意見を言い切ったアリスに対し、サラは困ったように答えた。


「えーっと、アリスちゃん。あの小説は私が私のために書いた小説なのよ。そもそも、他人に読ませる用じゃないのよ。だから、そんなことを言われても困るわ。それに書くこと自体趣味だから」

「そう、それでいいのよ。それこそが発行令嬢サラの真骨頂! 媚びず、へつらわず、自分の道をまい進するのよ! アリスはただ、それを世界に発信するだけ! そう、サラの性癖を世界に発信するだけ!」

「やめて! 私の性癖って何よ」

「色々あるけど、基本はピンチのヒロインを、身分を隠した王子様が助けに来るってパターンね。サラって普段なんでも自分でできる癖に、実は甘えたい願望があるのよね」


 サラの著書108冊を読み、編集したアリスはふふんと胸を張って、サラの願望をさらけ出したのだ。

 サラは真っ赤にした顔を両手で隠してイヤイヤと顔を横に振る。

 そんなサラの肩をハンナが叩いて言った。


「ママ、ドンマイ!」


~*~*~


 サラの心に深い深い傷を負わせたサラの告白は、エリオットたちに特に怖がられることなく受け入れられた。

 そして、発酵というものを理解したエリオットたちにサラは容赦が無くなった。


「さあ、遅くなったけど、朝ごはんにしましょう」


 サラは地下から生ハムとピクルス、それにチーズを出してきた。

 いつものふわふわのパンの上に。スライスした生ハムの上にチーズを乗せ、そこにキュウリのピクルスを乗せた。

 生ハムの塩味とうま味とチーズがマッチし、ピクルスの酸味がアクセントになっており、それらを柔らかいパンが受け止めていた。

 朝から運動をしたエリオットはパンを食べながら言った。


「相変わらず、サラの食事は美味いな」

「ありがとう。ちなみにこれは全部、発酵の力よ。生ハムは白カビによる発酵。チーズは乳酸菌。パンがふわふわなのはイースト菌がガスを発生させるの。そしてピクルスに使っているお酢はお酒に酢酸菌を入れることでできるのよ」

「この腐った水が、酒から出来るだと! なんてもったいない!」


 サラの説明にエリオットは驚きの声を上げる。

 この世界ではお酒は超高級品。

 製造方法は一級魔法使いのみで共有され、王族でさえ分からない。

 販売に関しては王家が独占し、横流しなどすれば重罪である。

 そんなお酒をお酢にしてしまうなど、エリオットには考えられなかった。

 しかし、サラはあっさりと答えた。


「何言ってるのよ。お酒なんて、料理に使うくらい少しあればいいのよ。お酢はね。料理にも使える。飲んでも体にいい。こうして、野菜を付けておくと長持ちするし、ドレッシングにも使えるのよ」

「しかし、酒は美味いぞ。ああ、そうだ。味見ならいくらでもしてやるぞ」

「ハンナも、味見する!」


 エリオットが食べ物を求めれば、ハンナも同じように求める。

 そんな二人を見て、サラは大きくため息をついた。


「ハンナちゃん、ダメよ」

「えー、なんで。パパ、お酒って美味しいんでしょう。だったら、ハンナも飲みたい!」


 ハンナはパンくずを付けたほっぺを、ぷっくらと膨らまして文句を言う。

 そんなハンナにサラは言い聞かせた。


「お酒を飲むと、酔っちゃうし、子供が飲むと体に悪影響があるのよ。だから、ハンナちゃんが大人になったら、一緒に飲みましょう」

「そうなんだ。でも、お姉ちゃんは飲んでも大丈夫なの?」


 ハンナに言われて、サラは慌てて最愛の妹を見た。

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