「そうよ。私は発酵の魔法使いなの」
サラは開き直り、エリオットに自分の秘密を話した。それをエリオットがどう取るかは賭けだった。魔法使いとして気味悪く思われるだろうか?
しかし、もう隠しきれない。
サラはエリオットの言葉をじっと待った。するとエリオットはゆっくりと振り返ると、サラの手を握って興奮気味に言った。
「サラは発光の魔法使いと言うことは、光の聖女だと言うことだな」
「違うわよ。はっこうははっこうでも菌の力を操る力があるのよ」
「金(きん)の力だと! そうだな、金は光るもんな」
「あー、もうどう説明したらいいのかしら、良いことエリオット、私の話をよく聞いて……」
そうして、発酵という言葉も菌という言葉も分からないエリオットに、目に見えない小さな生物がいて、それが食べ物を腐らせたり、別の物に変化させたりすることをなるべくわかりやすく説明する。そして、その変化の内、人間に有益な物を発酵、毒になる物を腐敗と言うことも説明した。
エリオットはサラの説明を聞いて、しばらく考え込んだ後、サラに尋ねた。
「なあ、サラ。その発酵の力は、魔法使いしか使えないのか?」
「そんなことないわよ。誰でも使えるわよ。ただし、ちゃんとした手順を踏まなければ腐敗になるだけで」
「誰でも使えるなら、サラは魔法使いじゃないだろう」
「そうね。私は誰でも使える力を、手順を飛ばし短い時間で使えるだけよ。エリオットも食べた味噌は普通一年かけて作るのだけど、私の力を使えば一週間もかからないの」
「そうなんだ。ところで……」
発酵について理解したエリオットは確信に切り込む。
「病気の俺に使っていた力は何だ?」
サラの説明では食材を変化させることができると言う。しかし、その説明ではエリオットの病気をどう治したか分からない。
それのことに対しても、サラはすでに隠す気はなかった。
「同じ力よ。あの時、エリオットの体の中には、傷口から入った悪い菌がいたのよ。その菌を私の力で取り除いたの。まあ、そうは言っても、あのままエリオットの体力が持てばその菌もエリオット自身が駆逐できたはずよ」
「そうなのか?」
「そうよ。熱が出ること自体、身体が熱で菌を殺そうとしているの。だから私はその手助けをしただけよ」
サラは、自分の能力を特別な物ではなく、ただ自然にある物を少しだけ手助けする物だと説明した。その説明自体に嘘はないのだが、エリオットの病気にしても、その体力がもたず死んでしまうかもしれないことは、あえて説明しなかっただけだ。それによって、サラ自身の能力は些細な物だと印象付けようとしていた。
それは人の命を救えるほどの能力であれば、逆に人の命を奪える能力だと気づかせないためだった。
そして、そのことを気づかせないために、サラは話題をそらした。
「それと見て分かるように、その菌の力でお酒が造れるのよ。お酒を作り方は一級魔法使いのみ知られているけど、実は菌の力を知っていれば簡単なのよ」
「何! そうなのか? 作り方は王家にも秘密にされているのに……」
「おそらく、それは彼らが自分の地位を守るために秘密にしているのよ。ただし、お酒自体を造るのは簡単だけど、“美味しい”お酒を造るのは難しいのよ。だから、私もここで試行錯誤しているのよ」
「そうなのか?」
「ええ、そう言う意味ではやはり一級魔法使いなのでしょう。ちなみに、エリオットはお酒に興味ない? 味見役が欲しかったのよね」
サラがそう言うとエリオットはニヤリと笑った。
「なんだ、俺を共犯者にしたいのか?」
「何言ってるのよ。お酒を造ること自体は罪ではないわよ」
「ああ、そうだな。酒を売ることは禁じられているが、造ることは禁じられていない」
「つまり、自分で造って自分で飲むか、無償で人にあげることは罪ではないわよ」
サラの言葉に、しばらく考えたエリオットは口を開いた。
「分かった。共犯者になろう。ただし、条件がある」
「だから、犯罪じゃないわよ。それで条件って?」
「サラの言う発酵の力は、手順を踏めば誰にでも使えるのだろう。その手順を教えて欲しい。いや、本にまとめて欲しい」
エリオットはこの国に有益な人を探している。それは人そのものではなく、その知識も含むのだろう。
サラとしては発酵食品が広がれば、新たな料理を発明する人も現れるだろう。それはサラにとって喜ばしいことだ。サラにとって誰が発明したかなんて関係ない。料理が作れて、誰かに美味しいと言ってもらえればそれでいい。
「分かったわ。本にまとめてあげる」
「良し、契約成立だ」
「それはダメよ!」
エリオットと話が付いたと思った瞬間、それを止める声が響いた。