「さあ、新刊原稿を頂戴!」
敏腕編集者のアリスはそう言いながら、発行令嬢サラに迫る。
「もう書いては無いわよ」
「……嘘よ」
「何が嘘なのよ?」
「あんなに忙しくても夜中にこそこそ書いてたサラが、こんなところで一人で暮らしている間に書かないわけないじゃない。出してくれないならいいわよ。勝手に探すから」
「探したって、無いわよ。ちょっとエリオット、アリスちゃんを止めて」
家探しをするために家の中に入ろうとするアリスを止めるように、サラはエリオットにお願いする。
アリスの告白を聞いてあ然と成り行きを聞いていたエリオットが、サラの言葉で我に返った。
「おい、アリス。ちょっと待て!」
もう、白百合の二つ名はどこに行ったのか、大きくなったハンナのごとく軽やかに家の中に入ったアリスをエリオットが追いかけた。
エリオットが追い付いた時には、アリスは例の家の奥の行き止まりの前にいた。
その背中にエリオットが不思議そうに声をかけた。
「おい、そこは行き止まりだぞ」
「ふーん、そう? まだまだサラのことが分かってないみたいね」
アリスはエリオットの方を向くことなく、隠し扉を開いて見せた。
数ヶ月住んでいる家のこのような場所があったのかと、エリオットは驚きの声を上げる。
「なんだ、この部屋は……」
「知らないけど、秘密の匂いがするわ」
「しかし、何もないぞ」
「ちょっと後ろに下がって」
何もない物置のような小さな部屋。
アリスはエリオットを下がらせると、その床を調べ始めた。
「何をやってるんだ?」
「ちょっと黙ってて……あった」
アリスは床下への階段をあっさりと見つけたのだった。
エリオットは初めて来た家の隠し部屋を見つけるアリスに恐怖するとともに、隠し部屋のなかに何があるのか気になっていた。
アリスに続き、エリオットも恐る恐る地下室に降り立った。
そこには味噌樽、熟成肉、チーズ、漬物など発酵食品が所狭しと置かれている。
地下室の品々に驚きを隠せないエリオットに比べて、アリスは冷静に言った。
「相変わらず、ここでもいっぱい作ってるわね。あ! また、お酒を作ってる。もう飲み頃かしらね?」
「酒を作っているだと! なんで、サラが酒の作り方を知っているんだ?」
「知らないわよ。家でもこそこそ作ってたわよ、あ、あった!」
アリスは発酵食品など全く目にもくれず、机の中から本を見つけた。それも1冊ではなく、何冊も。
意気揚々と地下室から出て行ったアリスを見送ったエリオットは、地下室に一人残される形となった。
ここは何なのだろうか? 良くある食料を保管する地下室のようにひんやりとしている。どこかに通気口があるのだろう、緩やかな風の流れも感じる。そこは綺麗に掃除され、整頓されており、。明らかに普段から使われている部屋だ。
そして、この部屋の主はサラだ。
そのサラはいつここを使っていたのだろうか。エリオットは全く気が付かなかった自分に驚いた。
「見つかったのね」
「なあ、サラ。君は何者なんだ?」
エリオットはいつの間に後ろに立っているサラに話しかけた。
「……驚かないで聞いてくれる?」
「もう驚いているから、それは約束できないな」
「まあ、そうよね……私は発酵の力を操ることができるのよ」
「はっこうだと?」
エリオットはサラの言葉を繰り返した。