ルビーのような瞳でまっすぐ見つめるエリオットに対し、サラはなんとか言い訳をしようと目を泳がせていた。
そんな二人を見て、アリスは大きなため息をついた。
そこまでしてエリオットはサラに「好き」だと言わせたいのだろうかと。
アリスは、自分を打ち負かしたエリオットという人物をよく観察した。
身長は高く、女性として背の高いサラと並んでもバランスは悪くない。騎士見習いと言うだけあって鍛え上げられ、引き締まった肉体。整った顔はその性格からか、美しさと愛嬌と凛々しさが混在する。チェスの腕前からも決して頭が悪いわけではない。それどころか頭の回転は速いだろう。年の頃も悪くない。
唯一、欠点を上げるなら子持ちの点だが、その子供もサラに懐いているし、可愛い。
しかし、サラの初めての恋。
こんな告白は嫌だろう。
アリスは、思い切って口を開いた。
「分かったわ。サラの秘密を教えてあげる」
「え! アリスちゃん」
「なに、やっぱり知ってるのか? 教えてくれ」
アリスに発酵令嬢だといつ知られてしまったのだろうか? サラは驚いた。
確かにアリスと一緒に住んでいた時から発酵令嬢の力は使っていた。しかし、あの広い屋敷の中で、なおかつアリスが出かけているときに使っていたため、見られていないはずだ。そうだとしても、油断があったのかもしれない。
ジェラール王子暗殺未遂の話を、当然アリスも知っている。
発酵令嬢の力も暗殺未遂事件も知ってアリスは、どういう気持ちでここにやって来たのだろうか?
サラはアリスの気持ちを測り切れずにいると、アリスは言葉を続けた。
「サラの秘密はこれよ!」
アリスはどこからか、本を取り出した。
サラは一瞬、サラに発酵令嬢の力を与えた魔導書なのかと思い、ギョッとしたが、見たことのない本だった。
「アリスちゃん、これって何の本?」
「これは、サラが長年書き溜めていた恋愛小説を本にしたものよ」
そう、恋愛小説大好きなサラは、読むだけでなく、書く方にまで手を伸ばしていたのだった。しかし、それは誰かに読ませるものだは無く、あくまで自分が読みたい小説を自分で書いただけのもの。当然、誰にも見つからない隠し場所に厳重に保管しているはずだった。
サラは奪い取るように本を開くと、そこには間違いなく自分が作りだしたキャラクターたちが、超甘々の恋愛を繰り広げていたのだった。
「ア、アリスちゃん、これはどこで……?」
「どこって、いつもサラが隠している場所にあったけど?」
「いつから、知ってたの?」
「サラが三巻目の執筆にとりかかった時くらいかしら?」
アリスは当たり前だと言わんばかりにあっさりと答えた。
サラは顔が熱くなるのを感じる。
自分のための小説。
妄想、願望、欲望、希望、妄執を煮詰めて吐き出したものだった。
「そ、それ、なんで印刷されてるの?」
そう、アリスが持っていたのはサラが手書きした原本ではない。印刷所で印刷された本だった。
サラの疑問にアリスは当たり前のように答えた。
「だって、本を流通させるのに印刷するのは当たり前でしょう」
「え! アリスちゃん、これを印刷して売っているの?」
「ええ、なかなかの売れ行きよ。今やムーンバード先生とモーニングカノン先生と並ぶ勢いよ。おかげで、ここまで来る旅費なんて安い物だったわ」
平然と報告するアリスに、あ然とするサラ。
対照的な二人にハンナは明るい声で尋ねる。
「ねえ、お姉ちゃん。ママの本って何冊あるの?」
「最新108巻が出たところよ」
「アリスちゃん、それってあそこに隠していた分、全部じゃない!」
「そうよ。だから、あたしがここに来たのよ。さあ、109冊目はどこにあるの?」
まるで敏腕編集者のような鋭い瞳でアリスは要求する。
本人の知らないうちに発行令嬢になっていたサラは戸惑いを隠せないでいた。