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第57話 三本勝負

「ああ、良いぞ。何本でも相手になってやる」

「誰が剣術で戦うって言ったのよ。次はこれよ」


 このままではエリオットと何度戦っても勝てないと理解したアリスは、剣を捨ててチェス盤を取り出した。

 筋肉バカには、知性で挑む。

 アリスは一瞬にして切り替えた。

 勝てばいいのだと。

 せっかくの良い練習相手が出来たと残念そうな顔をしていたエリオットだったが、気持ちを切り替えて言った。


「別にチェスで勝負をしてやってもいいが、先ほどの戦いは俺の勝ちと言うことで良いのでな。それならば、まずはサラの秘密を……」

「三本勝負よ!」

「え!?」

「誰が一本勝負って言ったのよ! 三本勝負! 二本先に取った方の勝ちよ」

「おいおい、子供じゃないんだから、そんな言い分は通らないだろう」

「何よ、自信が無いの? じゃあ、アリスの不戦勝で良いわよね」


 どう見ても自分の言い分がおかしいことは分かっている。わかっているからこそ、一分の迷いが自分の言い分を濁らせてしまう。そう考えたアリスは自信満々にエリオットに言い放った。

 エリオットは意外と押しに弱い。特に女性子供の押しに弱い。だからいつもハンナに言い負けてしまう。

 つまり、エリオットは折れてしまったのだ。


「分かった。その代わり、三本勝負だぞ。これ以上、変更はないな?」

「当たり前よ。初めから三本勝負のつもりだったんだから」

「それで、チェスの次は何の勝負だ?」

「前の勝負で負けた人が次の勝負を決めるのよ。それが公平というものでしょう。だから三本目はあなたが決めていいわよ」


 すでにチェスの勝負を勝った気でいるアリスに対し、後だしじゃんけんのようなことを言うことの何が公平なんだろうかという思いを押し殺して、エリオットは答えた。


「分かった。じゃあ、チェスの後にそれは考えるとしよう。それで先手はどっちからにする?」

「レディーファーストという言葉をご存じ?」

「はいはい、お先にどうぞ」


 エリオットはあきれながら、アリスに先手を譲った。

 朝日が昇り始めた屋外にあるテーブルの上に盤面をセットする。

 小鳥が遠くで鳴く空間に、駒が盤面を踊る音がリズミカルに響く。

そんなの中、ハンナはサラに聞いた。


「ねえ、お姉ちゃんって、あのゲーム強いの?」

「ええ、強いわよ。アリスちゃんって基本的に何でもすぐにできちゃうほど器用で頭が良いから、ああいうゲームは得意なのよ。だからなんで剣術なんかで挑んだのか不思議だったのよ」

「ふーん、パパの得意なことで勝ちたかったんじゃないの?」

「そうかもね。アリスちゃん、ああ見えて負けず嫌いだからね」


 ハンナとサラが世間話をしていると、アリスの弾んだ声が聞こえた。


「これでチェック(王手)よ」


 しかし、エリオットは慌てる様子も無く、駒を動かす。

 その手にアリスは青ざめた。


「え! そんな手があったなんて」


 チェスのことは良く分からないハンナにも、一瞬で形勢が逆転したことだけはわかった。

 そして、そう言えば今日はまだ朝ご飯を食べていないなとハンナが考えていると、エリオットの静かな声が響いた。


「チェックメイトだな」

「……負けたわ」

「さあ、これで俺の二勝だ。さすがに五本勝負だとは言い出さないだろうな」


 エリオットはアリスに釘を刺した。

 アリスは何か言いかけて、あきらめたように大きく息を吐いた。


「わかったわ。アリスの負けだわ」

「素直に認めたな。もっとごねるかと思ったが……」

「戦った相手の技量を見誤るほど馬鹿じゃないわ……あなた、何者?」


 アリスはエリオットにそう問いかけた。

 剣術にしろ、チェスにしろ、アリスは教師を付けて習った。それも一朝一夕ではない。

だからこそ、アリスには自信があった。

我流でやっているような相手に簡単に負けるはずはなかった。そして、エリオットの動きは洗練された動きだった。つまりエリオットはどこかで正式な教育を受けている貴族子息に違いない。

 しかし、アリスの記憶の中に、エリオットが名乗ったオラクル姓の貴族はなかった。

 だからこそ、アリスはエリオット本人に尋ねたのだった。


「何度も言うようだが、俺は騎士見習いのエリオットだ」


 エリオットはいつものようにはっきりと答えた。

 アリスは、そんなエリオットに食いついた。


「……生まれはどこなの?」

「生まれは王都だが?」

「どこで剣術を?」

「モーリス剣術学校だ」


 モーリス剣術学校は下級貴族や庶民が通う剣術学校である。昔、騎士団にいたモーリス氏が開いている私設剣術学校だ。

 それならば、正式な剣術を習っていてもおかしくはない。

 でも、チェスの方は?


「じゃあ、チェスはどこで習ったのよ」

「そこで知り合った友人だ。サラには話しただろう、貴族の息子で、今でも交流のある奴だ」

「あの悪友って彼?」

「ああ、そいつだ。そいつはチェスが好きでな、ヒマがあればチェスをしてたんだよ」


 貴族子息から習ったのであれば、その腕前も理解できた。

 そして、言葉が出なくなったアリスに、エリオットが言った。


「もういいか? それではサラ、君の秘密を教えてくれないか?」


 エリオットはそう言ってサラに迫った。

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