「ねえ、エリオット様は公平という意味を知っているかしら?」
「ああよく知っているぞ」
「じゃあ、エリオット様のお肉は大きくありませんこと?」
今まさにチーズの中に漬けようとするエリオットの肉を見て、アリスが文句を言う。
しかし、その言葉を無視して、エリオットは肉にチーズを絡ませる。
「そうか? まあしかし、身体の大きさを考えたら公平じゃないか?」
「あら、殿方がそのような屁理屈を言われるのは、いかがと思いますが?」
「そんなにこれが欲しいなら、やるよ」
そう言って、アツアツのチーズがとろりとついた塊ペーコンをアリスの口に押し込んだ。
「アツ、熱い。何するんですか!?」
「いやー、物欲しそうにしていたから、食べさせてやっただけだろう。感謝はされても文句を言われる筋合いはないぞ」
「お姉様、殿方は選んだ方が良いですわよ。淑女の口にお肉を入れるような紳士はいませんわよ」
アリスがサラにそう言うと、サラは困った顔をしていた。
てっきりサラは、アリスの味方になってエリオットに文句を言ってくれると思っていた。
しかしアリスの予想に反して黙っているサラの代わりに、エリオットが問いかけてきた。
「アリス、お前は紳士の口に魚のフライを入れる淑女は許せるか?」
「許せないですわ。そんな、はしたないことをする人なんて、品の無い……サラ?」
「……ほら、どんどん食べちゃって、チーズも具材もまだまだたくさんあるわよ」
「アリスには、あれだけマナーについてうるさく言っていたのに」
「ごめんなさい。だってこんなところでマナーなんて気にする人いないじゃない。だから、ついつい」
サラの言い訳にアリスはつるつるの頬を膨らませた。
「じゃあ、こんな所にいるアリスにマナーは言わないわよね」
そう言うとアリスはジャガイモ、パン、ウィンナー、ニンジンと立て続けに口に放り込んだ。
そして、それを見て、ハンナが笑った。
「お姉ちゃん、口に入れすぎ! リスみたいで面白い!」
「もう、うるさいわね。あなたのパパが明日の決闘で負けたら、あなたもアリスのことは誰にも言っちゃダメよ」
「別に誰にも言うつもりなんてないよ。だって、誰だってお家だとのんびりしたいよね」
「分かる? やっぱり、家ではゴロゴロしたいわよね」
「それに、ママのご飯美味しいから、いっぱい食べちゃうから動きたくなくなるよね」
「そうなのよ、サラの料理はおいしいから、ついつい食べすぎちゃって、もう動きたくなるよね。お嬢ちゃん、わかるわね~」
アリスはハンナをぎゅっと抱きしめる。
そしてそのままハンナを膝の上に乗せた。
するとハンナはチーズに絡ませたパンをアリスの口に運んだ。
アリスは素直に口を開けて食べると、ほっぺたを抑えて言った。
「お嬢ちゃんが食べさせてくれると、とっても美味しいわ。あなたのパパとは大違いね」
「ねえ、お姉ちゃん。明日、パパと決闘するの?」
「ええ、そうよ」
「でも、お姉ちゃんが勝ったら、ハンナとパパはここを出て行かなきゃいけないんだよね」
ハンナは膝の上で瞳をうるうると潤ませながら、アリスを見つめて言った。
「ハンナはママが大好きだから、ママと離れたくないな~」
「う~ん、そうなの。そうよね。じゃあ、アリスの妹になる? それでサラと三人で、ここに暮らしましょう」
アリスは、ハンナのぷにぷにほっぺをすりすりしながらそう提案すると、エリオットに向かって言った。
「と言うことで、明日アリスが勝ったら、この子をアリスの妹にします!」
「何を勝手なことを言っているんだ。ダメに決まっているだろう。まあ、俺が負けることはないだろうがな」
「ふん! そう言えば病気していたんじゃないの? こんなこってりしたの食べて大丈夫なの? 病気や食事を言い訳にしないでよね」
「ああ、もうすっかり体調も良いし、食欲もある。全部、サラのおかげだ。サラの……な」
エリオットは意味深にサラを見つめた。
急に話を振られたサラは、口に入っているサツマイモを飲み込んで答えた。
「ええ、病気の人がいたら看病するのは普通だもの。でも、私のおかげって言うよりも、エリオットの体力があったからすぐに治ったのよ」
「いやいや、サラの献身的な看病のおかげだよ」
「そんな事は無いわ。エリオットが普段から鍛えているからよ」
「いやいや……」
「そんなー」
お互い相手のおかげと言って譲らない二人を見て、あきれ顔でアリスは言った。
「もう、いいわよ! アリスはサラ達の夫婦漫才を見に来たんじゃないの! そんなことよりも、明日覚悟してなさい!」
こうして、決闘前夜とは思えない騒がしい日が幕を下ろしたのだった。