「やめて、アリスちゃん!」
「サラは止めないで! これはアリスとこいつの問題なの!」
アリスは白百合の仮面を脱ぎ捨てて、エリオットに決闘を申し込んだ。
エリオットは投げつけられた手袋をアリスに返しながら聞いた。
「俺には決闘をする理由が無いのだが、君にはあるのか?」
「アリスが勝ったら、あなたたち親子にはこの家から出て行ってもらいます。その上、アリスのことを秘密にすること!」
「分かった。それで、俺が勝ったらどうするんだ?」
「貴方が勝ったら? そうね、あなたたちがこの家に住むことを許してあげるわ」
「それじゃあ、今までと変わらないじゃないか」
「それもそうね……じゃあ、私を賭けるわ」
「アリスちゃん!!」
止めようとするサラをアリスは手で制す。
眼力だけでエリオットを射殺そうとしているアリスを前にして、エリオットは笑う。
「貴族子息が手に入れようと必死になっているファーメン家の白百合が手に入る」
「ええ、これ以上の賞品は無いわよ」
「そうだな……だが、断る」
「何よ、このアリスより、サラが良いってわけ?」
「ああ、そうだな」
エリオットは極上の笑顔でサラに笑いかけた。
いままで、アリスよりも良いと言ってくれた人は誰もいなかった。誰もがアリスに夢中になる。小さいころから手塩にかけたアリスがみんなから愛されるのは嬉しかった。でも、やはり自分のことを見てくれる人がいるということは嬉しい。
思わず笑みを浮かべるサラを見て、アリスはエリオットに言った。
「女性を賭けの対象にするなんて、なんて最低な男!」
「おいおい、最初に自分を賭けると言ったのは君だろう。それに、別に賭けに勝ったらサラを恋人にすると言う意味じゃないんだぞ」
「どういうこと?」
「俺が賭けに勝ったら、サラの秘密を話してもらう……というのではどうだ?」
エリオットの言葉に、アリスはブルーサファイアの瞳を大きく見開いた。
「サラの秘密ですって……」
アリスはサラを見ると、困ったように下を向いていた。
そして、一通り思案した後に言った。
「なにかあったかしら?」
そのアリスの言葉に、エリオットはサラが自分の大事な家族にすら、その力を教えていないと分かった。
そこまでして隠そうとする力にエリオットは興味を引かれた。
「まあ、君はわからなくても、サラには分かっているようだから良いんだ」
「え、何のこと? アリスにも隠していることがあるの?」
「……」
サラは、アリスの言葉に無言で答える。
そんなサラの姿を見て、アリスは理解した。
サラの秘密。
それはエリオットに対する恋心だろうと。
エリオットはサラの恋心に気が付いている。気が付いているなら、エリオットの方からアプローチすればいいのだろうが、それをしようとしない。
恋愛上級者だなとアリスは思った。
恋愛は勝負。
先に告白した方の負けである。
だから、何とかしてサラに告白させようと考えているのだろう。
アリスは自分の完璧な推理に満足すると、安心させるように言った。
「アリスに任せて! サラの秘密はアリスが守ってあげるから!」
壮大な勘違いをしたアリスは自信満々で、サラに宣言した。
そんなアリスにエリオットはもう一つの確認をする。
「よし、これでお互いに賭ける物は決まったが、決闘の内容はどうするんだ? まさか剣術ではないだろう」
普通、決闘と言えば剣での戦いになるが、女性であるアリスと戦うのはあまりにも不公平であろう。そうかと言って明確に決着が着くものでなければ、互いに遺恨を残すだろう。
そして、エリオットがその方法を決めると、勝負の後にアリスに文句を言われかねない。だから、勝負の方法は話し合って決める必要があった。
「貴族の決闘の方法なんて、古来より一つしがないでしょう。これよ」
アリスはどこから持って来たのか、細身に剣を手に持っていた。
それを見て、エリオットはあきれ声で言った。
「本気か? 騎士見習いである俺と剣で勝負するつもりか?」
「安心しなさい。刃は落としてあるから、死にはしないわよ」
「……わかった。その剣は俺の分もあるのか?」
「あら、いつも使っている剣でいいよ」
「同じ条件にしておかないと、勝った後に文句を言われそうだからな」
「あら、負けた時の言い訳を今から準備しているのかしら?」
アリスとエリオットは一触即発で睨み合う。
そんな空気をぶち壊す可愛らしい声が響く。
「みんな何をしてるの? あ、パパ起きたの?」
エリオットはハンナを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめた。
「ああ、サラのおかげでもう大丈夫だ」
「そうなの? さすが、ママ」
すでに決闘の殺伐とした空気ではなくなったのを察知したアリスは、自然に華麗にカーテシーをした。
「それではエリオット様、時間は明日の朝、日の出と共でよろしいかしら?」
「ああ、いいだろう」
「それではワタクシ、これで失礼させていただきますわ」
そう言って立ち去ろうとするアリスをサラが呼び止める。
「アリスちゃん、泊まって行かないの? まだ部屋はあるわよ」
エリオットたちが来るまで、来客という考えがなかったサラだったが、エリオットの部屋を準備すると同時に、急な来客に対応できるように部屋を準備していたのだった。
「……夕飯は何かしら?」
「今日はチーズフォンデュよ」
「仕方ないわね。お姉様がそこまでワタクシと一緒にいたいというのでしたら、お世話のなりますわ」
こうして、明日決闘する二人は同じ屋根の下、一緒に食事をすることになったのだった。