アリスとしては当然の質問をしたつもりだった。
外のやせっぽっちがハンナの父親ではないと言うのなら、目の前のイケメンがハンナの父親だろう。そうであればサラをたぶらかしている男がこの男だ。これだけのイケメンであれば、いくら恋愛に疎いサラでも一目で恋に落ちてもおかしくない。
アリス自身、このような出会いでなければ、どうなっていたか分からない。
だからサラの口から恋人だと言うのを予想していた。
しかし、サラはしばし首をかしげて、助けを求めるようにエリオットを見ながら言った。
「ねえ、エリオット。私たちの関係ってどんな関係?」
「ちょっと、お姉様! どういうことですの? そんな関係もわからない得体のしれない男を家に連れ込んでいますの?」
「失礼ね、アリスちゃん。エリオットは得体のしれない人じゃないわよ。ハンナちゃんの父親で、騎士見習い。士官先を探して、旅をしているのよ」
「どうして、士官先を探している騎士見習いが、こんな辺境の土地にいるのですか? 普通であれば、貴族の集まる王都もしくは大都市で士官先を探すのではないでしょうか? その上、この家に1週間、2週間という感じではないですわよね。なぜ、ずっとこの家にいらっしゃるのですか? 騎士になるのは諦めたのですか?」
アリスはサラの呑気さにあきれながら、エリオットに尋ねた。
エリオットは値踏みするようにアリスを見た後、答えた。
「まず俺が説明すべきことをしなかったため、誤解を与えたことを謝罪しよう。申し訳ない」
「よろしいですわ。では説明をお願いします」
「俺は先ほどサラが言ったように、士官先を探している騎士見習いだ。そして、なぜ中央に行かず、こんな辺境の土地にいるのかと言うと、人材を探しているからだ」
「人材……ですか?」
「ああ、俺は食い扶持を得るために騎士になるわけじゃない。国を守ることが俺の役割だ。そのために俺一人の力では力不足と感じている。そのため、優秀で有能な人材を探して旅をしていたんだ」
「あら、国を守るって、まるで王族か有力貴族のような言い方ですわね」
アリスは嫌味を含めながら答えると、エリオットはニヤリと笑った。
「ああ、そうだ。ただの騎士なら下級貴族の私兵になるだろう。それでは面白くないだろう。だから、俺は人材を集めて、まとめ上げ王家直属の騎士もしくは有力貴族の騎士団に入団するつもりなんだよ」
「あら、その端正なお顔に似合わず、野心的ですのね」
「そうでなければ守れないものもあるだろう」
「それはあの可愛らしいお子様のことですか?」
「ハンナのことか? ああ、ハンナもそうだが、サラも守りたい」
キリっとしたエリオットに守りたいと言われて、サラはドキッとする。
エリオットにとってハンナは大事な存在だと分かっている。それと同様に大事だと言われて、サラは嬉しかった。
しかし、エリオットはそんなサラの気持ちに気づかずに言葉を続けた。
「そして、君も含めたこの国全員を守りたいんだ」
「ワタクシも……ふふふ、エリオット様はお口が上手なのですね。その調子でどれだけの女性をたぶらかしてきたのかしら?」
「何を言っているんだ? 俺は真剣にそう思っている」
「では、その護国の騎士様はこんなところで何をしているのですか? 早く、優秀な人材を探しに行けばよろしいのでは?」
アリスはこの怪しく、邪魔な男たちをこの家から追い出すべく切り出した。
二人がこの家にいなくなれば、ここがアリスのリラックスエリアになる。気を緩めて、お世話をサラに任せてゴロゴロできる。そのためなら、例えサラの思い人だろうが、容赦なくこの家から追い出す。そう心に決めたアリスは扇子を口に当てながらエリオットの出方をまつ。
「まあ、そうなんだが、ハンナを助けてもらった縁でここに住まわせてもらっているのだが、思いの他、居心地が良くて長居させてもらっている。ハンナもサラに懐いている上、サラの食事が美味くてな」
「そうよね! お姉ちゃんの料理美味しいよね。わかってくれる人がいて、アリス嬉しい!」
「ああ、これまで食べたことのない料理ばかりだが、どれも絶品だ」
「うんうん、お姉ちゃんの料理って他で食べられないのよね。特にあの腐った豆は最初臭くてどうかと思ってたけど、慣れると美味しいのよね」
「それ、俺はまだ食べたことないな」
「ふっふーん! まだまだね」
「そうだな、まだサラの料理は奥が深いんだな……それで、それが君の素の姿か?」
サラを褒められて、ついついアリスは心の仮面を脱ぎ捨てて喜んでしまった。
サラ・ファーメンを褒める人をアリスは見たことが無かった。いつも、アリスと比べられ、陰のように扱われ、虐げられる事は無くとも、褒められることも無い姉。その癖、いつもアリスのことを一番に考えてくれて、どんなわがままを言っても、優しく受け入れてくれる姉。
だから、サラがジェラール王子に見初められた時、王子に嫉妬しながらも、やっとサラを認めてくれる人が現れたと密かに喜んだのだった。
しかし、実際にはジェラール王子はサラのことなど見ていなかった。それでも、あの婚約破棄の瞬間まで、サラのそばにいればサラの良い所に気が付いてくれると信じていた。
それが目の前の男はサラのことを認めてくれるかもしれない。
でも……
「貴方なんか認めない!」
アリスは左手の純白の手袋をエリオットにたたきつけた。
「決闘よ!」