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第36話 サラは悶々する

 家に帰ったサラは服が濡れているのも気にせず、ベッドに潜り込んだ。


(え、私、エリオットとキスしたの? 私、初めてだったのに……ジェラール王子ともしたことが無いのに。どうしよう、どうしよう。エリオットも初めてだったのかな? いや、エリオットにはハンナちゃんがいるんだから、初めてなわけないわね。ああ、でもどうしよう。エリオットにもハンナちゃんにも合わせる顔が無いわ)


 サラはベッドの中で、もだえ苦しんでいた。

 一通りもだえ苦しんだ後、サラは少し冷静を取り戻した。


(でも……憶えていないのよね。どうだったのかしら。キスってすごく気持ちいいって、恋愛小説に書いていたけど、気が付いた時にはもう終わっていたのよね。いやいや、それよりも、今はもっと大事なことがあるのよね)


 ベッドの中で悶々としながら、時折ごろごろと転がっていると、玄関から聞こえるハンナの声がサラを現実に戻した。


「ただいまー」

(ああ、帰って来た……うん、覚悟を決めよう)

 サラはベッドから起き出すと、ハンナに答えた。


「お帰りなさい」


 キッチンに行くと、ハンナとエリオットが十匹以上の魚を捕まえて来ていた。

 大漁に喜びを笑顔で表現しているハンナに対し、エリオットは困った顔をしていた。

 そんなエリオットを見て、サラは思った。

(私を助けるためにエリオットも仕方なくキスをしたに違いない。それは彼に悪いことをしたと思う。でも、こればかりは私一人の問題じゃない。エリオットとちゃんと話さないと)

 サラはエリオットをまっすぐ見据えて言った。


「ねえ、エリオット。ちょっと、確認なのだけど、ハンナちゃんのお母様はいないのよね」


 エリオットは突然のサラの質問に面食らったように答えた。


「ああ、ハンナの母親はいないぞ」

「それは死別したの? それとも離婚?」

「ハンナを生んで、すぐに亡くなった」

「……そうなのね。じゃあ、もしも私に赤ちゃんが出来ていたら、結婚してちょうだい!」


 サラは川から逃げ帰って時とは人が変わったように、はっきりとエリオットに言った。

 その言葉を聞いて、エリオットはしばし呆然としていると、ハンナが嬉しそうにサラに話しかけた。


「え、サラ、赤ちゃんが生まれるの?」

「まだわからないわ。でも、赤ちゃんが出来たらハンナお姉ちゃんはどっちが良い?」

「うーん、女の子だったら、一緒におままごとしたいし、男の子だったら冒険ごっこしたい! どっちでも、ハンナは可愛がるよ」

「盛り上がっているところ申し訳ないんだが、ちょっとサラと二人で話をさせてもらえないか? ハンナ」


 頭を抱えたエリオットは、赤ちゃんの話で盛り上がる二人に水を差す。

 なぜ、二人は前提条件を無視した話に盛り上がれるのかエリオットは不思議でしょうがなかった。

 その前提条件を確認すべく、エリオットはサラに聞いた。


「なあ、確認なのだが、サラは妊娠するようなことをしたのか?」

「え! 私はしてないわよ。エリオット、貴方がしたじゃない。私がおぼれていた間に……」

「は~」


 エリオットは予想通りのサラの答えに、ため息が漏れた。

 サラは両親から放置され、普段からまともに話をするのは妹のみ。深く接する相手は恋人で婚約者のジェラール王子のみ。そのジェラール王子もサラに恋人らしいことをしていないようだった。

 つまり、サラの知識の全ては恋愛小説からである。

 そしてその本に書かれていたことが間違っていたか、サラが間違って理解している。

 ゆえにエリオットはため息の後、サラに真実を告げることにした。


「なあ、サラ。もしかして、キスで赤ちゃんができると思っているのか?」

「な、なに言ってるのよ! ハンナちゃんの前で……」

「……サラ。キスでは赤ちゃんは出来ません」


 ハンナが聞いていることに慌てているサラに、エリオットははっきりと、きっぱりと言い切った。

 聞き間違いが無いように、勘違いが無いように言い切った。

 それに対し、サラはきょとんとして首をかしげる。そして、笑った。


「何言っているのよ。ハンナちゃんの前だからって、そんなことを言わなくても、私だって知っているわよ」


 そう言って、サラはエリオットの耳に口を近づける。

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