「……誰?」
サラは、驚いた。それもそのはず、この家に引っ越ししてから、ここを訪ねてきたのはハンナとエリオットだけだった。
気味の悪い、元貴族の王族殺し(未遂)にわざわざ自分から近いてくるのは、何も知らない、村外の者か、怖いもの見たさで遠巻きにサラの様子を見に来る者だけだろう。
しかし、目の前の男は堂々とサラの前に現れたのだった。
「あなたは誰なの?」
「ボクかい、君の旦那で、未来の貴族。王都帰りのイケメン、ロックだ」
「私の旦那様?」
「サラ、婚約者なんていたのか?」
サラは、エリオットの言葉に首を横に振り、この初めて見る男、初めて聞く男の名前に覚えがないか必死で頭の中を検索していた。
しかし、サラの婚約者は生まれて今まで、ジェラール王子ひとりだった。そして、その婚約はとっくに解消されている。
訳も分からず、サラはロックに問いただした。
「ごめんなさい。私はあなたと婚約した覚えがないのですが……それ以前に、どこでお会いしましたか?」
「何を言っているんだ、サラ」
ロックは気軽にサラの名前を呼ぶ。やはりどこかで会っているのだろう。王都帰りと言っていたから、王都で生活していた時なのだろう。もしかしたら、ここでの生活ぶりを知らない両親が、気を利かせたつもりで、彼をここによこしたのだろうか?
サラはロックの言葉を待つ間、そんなことを考えていた。
「会ったことがないに決まっているだろう。ボクがさっき、王都帰りと言ったはずだ。花の都王都にいたボクが、こんな田舎暮らしの貴族の女を知っているわけが無いだろう」
「もしかして、ロックさんは私の両親から何か言われて私に会いに来たの?」
「だから、田舎貴族のお前が、なんで王都にかかわりがあるんだ? それと未来の旦那のボクを呼ぶときは、旦那様、もしくはロック様と言うように」
どうもロックとの話がかみ合わない気がしたサラは、一度情報を整理することにした。
「あのう、ロックさんは、私と会ったことがないのですよね」
「ああ、そうだ」
「私の両親とも会ったこともないのですよね」
「さっき、そう言った。なんて、グズなんだ、君は」
ロックは、粗暴な男がするように、そう言ってタンを地面に吐き出した。
サラは、一度整理してもロックの言うことがさっぱりわからなかった。
「それではなぜ、私と結婚をしようと思ったのですか?」
「簡単な話だ。お前が貴族だからだ。没落貴族であるお前を娶り、優秀なボクがお前の家を建て直してやると言うのだ。ありがたいだろう。ボクは貴族と言うボクの能力が発揮できる場を得ることができ、君の家はボクと言う優秀な存在によって生かされる。お互いに良いことばかりじゃないか。なあ、そうだろう」
ロックのその言葉で、サラは何となく理解した。おそらく、ロックは貴族に憧れる平民なのだろう。どこからか、貴族のサラが没落してここにいると聞いて、自分が貴族の仲間入りするチャンスだと考えたのだろう。
あきれたサラは、真実を伝えるべく、口を開いた。
「つまり、あなたは貴族となるために、私と結婚をしたいということなのね?」
「ようやくわかったか、これだから女は理解力が遅い。没落貴族の君のために、このボクがわざわざ、やってきたのだ。わかったな」
「そうなのね。でもごめんなさい。すでに私はファーメン家から除籍されているから、私と結婚しても貴族の仲間入りは出来ないわよ」
「はん、それがどうした。大事なのは繋がりじゃない。血だ。お前が貴族の血を引いていれば、後はボクの力でどうとでもなる。除籍からの復帰もボクに任せてくれ」
ロックは自信満々に胸を張る。
確かに、今現在、サラはファーメン家から除籍をされているが、それが復活しないとも限らない。ジャラール王子暗殺事件に関して、何の証拠もなく、王子の独断で無理やりサラをここに追放したのだった。そして、ファーメン家としても、追放刑にされた身内をそのままにしておくこともできず、除籍扱いにしている。そのため、誤解が解ければ、サラは王都に戻ることもできるだろう。本人に帰る意思があるかは別として。
「そうなのね。でも、ごめんなさい。私はあなたと結婚するつもりはありません」
「なぜだ?」
「今日初めて会ったあなたに、何の魅力も感じないからです」
「しかし、お前も貴族の娘なら、家を守る義務があるだろう。そこの兄や妹を路頭に迷わせるつもりか?」
ロックは険しい表情で二人のやり取りを聞いているエリオットと、暇そうにしているハンナを示した。
このロックと言う男は、本当にサラが貴族だと言うこと以外の情報を持たずに、ここにやって来たのだろう。サラはあきれるばかりだった。
しかし、ロックは自分の的外れな話を続ける。
「ボクはこの村の長たるデーナシ家の長男だ。しかし、こんな田舎の村の長で収まる器量じゃない。ボクは王都でのし上がるんだ。ボクと結婚すれば、伯爵夫人も夢じゃないぞ」
「残念ながら、私はもう、貴族社会に未練はありません。ここで、土にまみれ、自然とともに生き、そのうち愛しい人と子を生し、朽ちて行きたいのです」
そう、サラは今の生活に満足している。やれ、どこそこの令嬢と令嬢の仲が悪いだの、どこかの子息が横恋慕をしているなど、どうでも良かった。面倒だった。
野菜の生育状況がどうだとか、今年は魚が豊漁だったとか、新しい料理のレシピが発表されたとか、そちらの方がよほど関心を持っている。
しかし、ロックはそんなサラの気持ちを無視して続ける。
「だから、君の気持ちなんてどうだっていいんだよ。大事なのは君の血さ」
「いい加減にしろ」
それまで黙って聞いていたエリオットが、我慢できず口をはさんだ。