アップルパイパーティーから、二週間ほどしたある日、サラは地下室で笑っていた。サラが、実験していたものが完成したのだった。
サラの期待通り出来栄えだった。
「ふふふ、これはエリオットもハンナちゃんも驚くぞ、ははははは」
うす暗い地下室で、エプロン姿のサラは、マッドサイエンティストさながら高笑いをしていた。
いつも通り、まだ二人が寝静まっている朝早く、地下室から這い出して、いつも通りのサラに戻っていた。
シャキシャキのサラダに、ふかふかのパン、目玉焼きにベーコン。いつもの朝食。
そして、いつもより上機嫌で、鼻歌まで出るサラに、エリオットが不思議そうに聞いた。
「どうした? 今日はいつにも増して上機嫌じゃないか?」
「あら、そう? そうでもないわよ」
「そんなことないよ。さっき歌も歌ってた。何かあるの? サラ」
ハンナにまで言われて、とうとう我慢できずサラは白状する。
「あのね、今日のお昼は軽めにして、バーベキューしましょう! 一日天気が良いみたいだし」
「バーベキューか?」
「そう、早めに夕食にして、バーベキューするの」
「いいな、久しぶりに外で食べるのも」
「やったー! それで何焼くの?」
「それは、夕方のお楽しみよ」
「焼きりんごは絶対よ。バターにはちみつたっぷりで」
「良いわよ。けちんぼ焼き林檎じゃなく……」
「ぜいたく焼きりんご!」
サラとハンナは、仲良く頬をくっつけ合って、笑いあった。
それから、朝一番で野菜を取り、エリオットのおかげで広げた畑を耕し、いつもどおり過ごした後、早めに仕事を切り上げて、バーベキューの準備を始めた。
エリオットは小川の近くに簡易的なかまどを作り、ハンナは小枝や薪を準備する。
サラの願いで、サラ一人で食べ物の準備をする。
「サラ、どれくらいで準備終わる? ハンナ、お腹空いてきちゃった」
「もーう、だからお昼抜きなんてするから」
「だって、そうしないと焼きりんご食べられないかもしれないじゃない」
「もう少しで準備が終わるから、先にトウモロコシとかサツマイモを焼いていて」
「分かった!」
切った野菜が乗ったお皿をハンナに渡す。それをエリオットの所に持っていくと、火加減を見ていたエリオットが焼き網に乗せて焼き始めた。その間にサラは大きな肉の塊を切り分ける。
「よし、準備完了!」
サラは今日のメインディッシュの肉を運んだ。それは普通のステーキ肉よりも少し小さく、厚かった。
「サラ、おそーい」
「ごめんなさい、私も初めて扱う肉だったから、ちょっと時間がかかっちゃった」
「初めて扱う肉? なんだ? 熊かなにかか?」
「まあ、それは食べてのお楽しみよ」
サラはエリオットに二個の焼肉を渡した。
「エリオット、どっちのお肉が美味しいか感想を聞かせて」
「あ、ああ、分かった」
「パパだけ、ずるい!」
「ハンナちゃんの分も今焼いているから、ちょっと待っていてね」
そう言いながら、サラはエリオットの様子を見ながら肉を焼いていた。
エリオットはゆっくり味わうように二つを食べ比べてから、感想を言った。
「風味があって、どちらも柔らかくて美味いな。イノシシに味は似ているが、あれってもう全部食べたよな」
「あら、それはイノシシの肉よ。それで、どっちが好み?」
「そうだな、俺はこっちが好きだな」
「ねえ、サラ、ハンナのはまだ?」
「もう焼けたわよ。どうぞ。ハンナもどっちが美味しいか教えてね」
サラはそう言いながら、自分も食べ比べながら言った。そして、ハンナが食べ終わるのを待った。
「ハンナはこっちがいい」
「そうなのね」
「それで、これは何の肉だ?」
「これはさっき、エリオットが言った通りイノシシの肉よ。あの時捕った」
「あの時のか? でも、干し肉には見えないが、どうやって保存したのだ?」
「それは、これよ」
サラは、切り落としていたカビ付きの肉を見せた。どちらも白っぽいが、片方は少し青っぽい物も見えた。
それを見て、エリオットが驚きの声を上げた。
「おい、この肉は腐っているのか?」
「腐っていないわよ。さっき、美味しく食べたでしょう。これは腐らせたのではなく、熟成させたのよ」
「熟成?」
「そうよ。こうやって肉のまわりに無害なカビを付けることで、肉は美味しく、長持ちさせるのよ」
「……初めて聞いた。それも奥様の経験則ってやつか?」
「ふふふ、そうじゃないわ。実は私も初めて作ったから、ちょっと心配だったのよね」
「なんだそうか……ちょっと待て、初めて作った物を、最初に俺に食べさせたのか?」
「だって、エリオットなら少しくらいおかしくても大丈夫でしょう。まあ、美味しかったからよかったでしょう」
エリオットはいまいち、納得いかない顔をしながらも、焼けた肉を食べていく。
「ところで、初めに二つの肉を食べたのは何か違いがあるのか?」
「ええ、カビの種類が違うのよ。一つは白カビ、もう一つは青カビよ。ちなみにエリオットが美味しいって言っていたのが青カビ、ハンナちゃんが美味しいって言ったのが白カビなの。食べて分かったのだけど、青カビの方はちょっと香りが強いから、大人向けね」
「そうなのか? 見た目はどちらも白っぽいけどな。しかし青カビって良くミカンなんかに付く奴だろう。これとはだいぶ違うな」
「ええ、このカビはカビって言っても、エリオットが言ったカビとは違って、毒じゃないのよ。何だったら、このカビが付いた部分も食べられるのよ」
「食べられるカビだって……」
「まあ、ちょっとクセがあるから、今回は食べるのを止めましょう」
そう言って、サラはどんどん肉を焼いて行く。
その肉を、パンと一緒に食べていると、いつの間にか空が真っ赤に色づいていた。
遠くでカラスが鳴いている。山からの涼しい風が葉の音を奏でながら、緩やかにサラの髪をなびかせる。
ハンナとエリオットの楽しいやり取りを聞きながら、サラは幸せを感じていた。王都では味わえなかった、ただのサラとしての幸せ。サラはコーヒーを飲みながら、呟いた。
「ずっと、こんな時が続けばいいのに……」
「君が、王都から来た貴族か?」
サラの家しかない村はずれで、たった三人で楽しくバーベキューをしているところに無粋な男性の声が響いた。