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第27話 バーベキュー

 アップルパイパーティーから、二週間ほどしたある日、サラは地下室で笑っていた。サラが、実験していたものが完成したのだった。

 サラの期待通り出来栄えだった。


「ふふふ、これはエリオットもハンナちゃんも驚くぞ、ははははは」


 うす暗い地下室で、エプロン姿のサラは、マッドサイエンティストさながら高笑いをしていた。

 いつも通り、まだ二人が寝静まっている朝早く、地下室から這い出して、いつも通りのサラに戻っていた。


 シャキシャキのサラダに、ふかふかのパン、目玉焼きにベーコン。いつもの朝食。

 そして、いつもより上機嫌で、鼻歌まで出るサラに、エリオットが不思議そうに聞いた。


「どうした? 今日はいつにも増して上機嫌じゃないか?」

「あら、そう? そうでもないわよ」

「そんなことないよ。さっき歌も歌ってた。何かあるの? サラ」


 ハンナにまで言われて、とうとう我慢できずサラは白状する。


「あのね、今日のお昼は軽めにして、バーベキューしましょう! 一日天気が良いみたいだし」

「バーベキューか?」

「そう、早めに夕食にして、バーベキューするの」

「いいな、久しぶりに外で食べるのも」

「やったー! それで何焼くの?」

「それは、夕方のお楽しみよ」

「焼きりんごは絶対よ。バターにはちみつたっぷりで」

「良いわよ。けちんぼ焼き林檎じゃなく……」

「ぜいたく焼きりんご!」


 サラとハンナは、仲良く頬をくっつけ合って、笑いあった。

 それから、朝一番で野菜を取り、エリオットのおかげで広げた畑を耕し、いつもどおり過ごした後、早めに仕事を切り上げて、バーベキューの準備を始めた。

 エリオットは小川の近くに簡易的なかまどを作り、ハンナは小枝や薪を準備する。

 サラの願いで、サラ一人で食べ物の準備をする。


「サラ、どれくらいで準備終わる? ハンナ、お腹空いてきちゃった」

「もーう、だからお昼抜きなんてするから」

「だって、そうしないと焼きりんご食べられないかもしれないじゃない」

「もう少しで準備が終わるから、先にトウモロコシとかサツマイモを焼いていて」

「分かった!」


 切った野菜が乗ったお皿をハンナに渡す。それをエリオットの所に持っていくと、火加減を見ていたエリオットが焼き網に乗せて焼き始めた。その間にサラは大きな肉の塊を切り分ける。


「よし、準備完了!」


 サラは今日のメインディッシュの肉を運んだ。それは普通のステーキ肉よりも少し小さく、厚かった。


「サラ、おそーい」

「ごめんなさい、私も初めて扱う肉だったから、ちょっと時間がかかっちゃった」

「初めて扱う肉? なんだ? 熊かなにかか?」

「まあ、それは食べてのお楽しみよ」


 サラはエリオットに二個の焼肉を渡した。


「エリオット、どっちのお肉が美味しいか感想を聞かせて」

「あ、ああ、分かった」

「パパだけ、ずるい!」

「ハンナちゃんの分も今焼いているから、ちょっと待っていてね」


 そう言いながら、サラはエリオットの様子を見ながら肉を焼いていた。

 エリオットはゆっくり味わうように二つを食べ比べてから、感想を言った。


「風味があって、どちらも柔らかくて美味いな。イノシシに味は似ているが、あれってもう全部食べたよな」

「あら、それはイノシシの肉よ。それで、どっちが好み?」

「そうだな、俺はこっちが好きだな」

「ねえ、サラ、ハンナのはまだ?」

「もう焼けたわよ。どうぞ。ハンナもどっちが美味しいか教えてね」


 サラはそう言いながら、自分も食べ比べながら言った。そして、ハンナが食べ終わるのを待った。


「ハンナはこっちがいい」

「そうなのね」

「それで、これは何の肉だ?」

「これはさっき、エリオットが言った通りイノシシの肉よ。あの時捕った」

「あの時のか? でも、干し肉には見えないが、どうやって保存したのだ?」

「それは、これよ」


 サラは、切り落としていたカビ付きの肉を見せた。どちらも白っぽいが、片方は少し青っぽい物も見えた。

 それを見て、エリオットが驚きの声を上げた。


「おい、この肉は腐っているのか?」

「腐っていないわよ。さっき、美味しく食べたでしょう。これは腐らせたのではなく、熟成させたのよ」

「熟成?」

「そうよ。こうやって肉のまわりに無害なカビを付けることで、肉は美味しく、長持ちさせるのよ」

「……初めて聞いた。それも奥様の経験則ってやつか?」

「ふふふ、そうじゃないわ。実は私も初めて作ったから、ちょっと心配だったのよね」

「なんだそうか……ちょっと待て、初めて作った物を、最初に俺に食べさせたのか?」

「だって、エリオットなら少しくらいおかしくても大丈夫でしょう。まあ、美味しかったからよかったでしょう」


 エリオットはいまいち、納得いかない顔をしながらも、焼けた肉を食べていく。


「ところで、初めに二つの肉を食べたのは何か違いがあるのか?」

「ええ、カビの種類が違うのよ。一つは白カビ、もう一つは青カビよ。ちなみにエリオットが美味しいって言っていたのが青カビ、ハンナちゃんが美味しいって言ったのが白カビなの。食べて分かったのだけど、青カビの方はちょっと香りが強いから、大人向けね」

「そうなのか? 見た目はどちらも白っぽいけどな。しかし青カビって良くミカンなんかに付く奴だろう。これとはだいぶ違うな」

「ええ、このカビはカビって言っても、エリオットが言ったカビとは違って、毒じゃないのよ。何だったら、このカビが付いた部分も食べられるのよ」

「食べられるカビだって……」

「まあ、ちょっとクセがあるから、今回は食べるのを止めましょう」


 そう言って、サラはどんどん肉を焼いて行く。

 その肉を、パンと一緒に食べていると、いつの間にか空が真っ赤に色づいていた。

 遠くでカラスが鳴いている。山からの涼しい風が葉の音を奏でながら、緩やかにサラの髪をなびかせる。

 ハンナとエリオットの楽しいやり取りを聞きながら、サラは幸せを感じていた。王都では味わえなかった、ただのサラとしての幸せ。サラはコーヒーを飲みながら、呟いた。


「ずっと、こんな時が続けばいいのに……」

「君が、王都から来た貴族か?」


 サラの家しかない村はずれで、たった三人で楽しくバーベキューをしているところに無粋な男性の声が響いた。

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