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第26話 サラのアップルパイ

 台所の隅で、エリオットはひたすら林檎の皮をむいていた。サラが買って来た箱いっぱいの林檎を黙々と剥いていた。

 その横で、サラがハンナにカスタードクリームの作り方を教えている。


「なあ、サラ。この林檎って全部剥く必要はなくないか?」

「ええ数個はそのままでもいいわよ。そうすると、置く場所を考えないといけないわね」

「置く場所? 野菜室じゃダメなのか?」

「ダメよ。聖なる果実は、嫉妬の果実なのよ」

「嫉妬の果実?」

「ええ、他の野菜を林檎と一緒にしていると、林檎が嫉妬して、他の野菜を腐らせるのよ」

「そうなのか?」

「ほら、エリオットって林檎を手に入れたら、すぐに食べちゃうでしょう。だから気が付かないのよ」

「そうかもな。しかし、サラは物知りだな」

「別にこれくらい、どこの奥様も経験則で知っているわよ。食材の日持ち具合は家庭の一大事だからね」


 サラはそう言いながらも、手早くカスタードクリームを混ぜ、火から鍋を降ろすと、冷水で冷やす。


「じゃあ、エリオットが剝いてくれた林檎で、コンポートを作るわよ」

「それじゃあ、俺は皮を捨てて来るな」

「ちょっと待った! なんで捨てるのよ」

「皮なんて、どうするのだよ」

「林檎は皮ごと食べるって言ったのは、エリオットでしょう。皮もコンポートにするの」

「こんなにか?」

「全部じゃなくても、残った皮は干し草に混ぜて、ペコのご飯にするのよ。もったいないことをしないの」


 サラは林檎のコンポートをハンナに任せて、パイ生地を作り始めた。

 その間、エリオットはオーブンに火を入れる。

 バターを塗ったパイ皿にパイ生地を敷き詰め、フォークで穴を開けるとカスタードを流し込む。まんべんなく伸ばすとコンポートを綺麗に並べて、最後に切ったパイシートを格子状に並べていく。

 つや出しの卵黄を塗って、余熱が済んだ薪オーブンに入れる。


「さて、30分くらい焼くから、その間に他のも作っちゃいましょう」


 ハンナは小さく切った林檎を痛めて蜂蜜を加えて粗熱を取った後、煮沸した瓶に詰める。

 サラは林檎を弱火で煮詰めてジャムを作る。


「で、俺はどうしたら良いのだ?」

「エリオットには力仕事をお願い」

「力仕事か、任せとけ」

「はい、これを泡立てて」

「これを!?」


 サラは冷水を入れたボウルに重ねたボウル。その中には卵白と泡だて器が入っていた。


「そうよ。ある程度泡立ったら、砂糖を入れるから言ってね」

「分かった。しかし、こんなものが力仕事か?」

「ふふふ、頑張ってね」


 サラもハンナも自分の分が作り終えたころ、エリオットが不満を口にした。


「おい、これは本当に泡立つのか?」

「ええ、泡立ち始めると早いから。ちなみにボウルを冷やして泡立てるのがコツよ」

「分かった。頑張ってみる」

「もうすぐアップルパイも焼きあがるから、頑張ってね」


 大量の林檎を保存可能な状態に加工し終わると、アップルパイが焼きあがった。

 香ばしい小麦粉の焼ける匂い、林檎とカスタードの甘い香りが混ざり合い、ハンナの悪魔を呼び起こす。

 腹ペコ魔人ハンナの目覚めである。


「サラ、食べよう、食べよう、焼きたて食べよう!」

「このままだと熱くて火傷しちゃうから、もう少し待ってね」


 サラはパイ皿からアップルパイを取り出すと、お皿に移した。

 すると、良き絶え絶えのエリオットが、嬉しそうにボウルをサラに見せる。


「これで、どうだ!」


 エリオットのボウルの中には、つんと角の立ったメレンゲが完成した。

 ひたすら卵白を混ぜ続けたエリオットの成果である。


「お疲れ様。すごく、上手に出来ているわ」

「そうか、良かった。しかし、これは腕の鍛錬になるな」

「ふふふ、腕の鍛錬だなんて、エリオットらしいわね。さあ、エリオットの汗と筋肉の結晶をいただきましょうかね」


 そう言って、サラはまだほんのり温かいアップルパイを切り分け、メレンゲを添えた。


「甘さが足りなければ、蜂蜜をかけてね。エリオットはコーヒーで良いわよね」

「ああ、ありがとう。そろそろハンナもコーヒーを飲むか?」

「へー、パパはこの美味しい美味しいサラ特製のアップルパイを食べずに、ずーっとタマゴの白いのを混ぜる刑を与えてもいいんだよ」

「おーっと、可愛いハンナちゃんには、パパが美味しい麦茶を注いであげよう」

「ハンナのアップルパイに免じて許してあげる」


 こうして、サラのカスタードアップルパイ、メレンゲ添えはサクサクで甘酸っぱく、いくらでも食べられそうだった。

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