台所の隅で、エリオットはひたすら林檎の皮をむいていた。サラが買って来た箱いっぱいの林檎を黙々と剥いていた。
その横で、サラがハンナにカスタードクリームの作り方を教えている。
「なあ、サラ。この林檎って全部剥く必要はなくないか?」
「ええ数個はそのままでもいいわよ。そうすると、置く場所を考えないといけないわね」
「置く場所? 野菜室じゃダメなのか?」
「ダメよ。聖なる果実は、嫉妬の果実なのよ」
「嫉妬の果実?」
「ええ、他の野菜を林檎と一緒にしていると、林檎が嫉妬して、他の野菜を腐らせるのよ」
「そうなのか?」
「ほら、エリオットって林檎を手に入れたら、すぐに食べちゃうでしょう。だから気が付かないのよ」
「そうかもな。しかし、サラは物知りだな」
「別にこれくらい、どこの奥様も経験則で知っているわよ。食材の日持ち具合は家庭の一大事だからね」
サラはそう言いながらも、手早くカスタードクリームを混ぜ、火から鍋を降ろすと、冷水で冷やす。
「じゃあ、エリオットが剝いてくれた林檎で、コンポートを作るわよ」
「それじゃあ、俺は皮を捨てて来るな」
「ちょっと待った! なんで捨てるのよ」
「皮なんて、どうするのだよ」
「林檎は皮ごと食べるって言ったのは、エリオットでしょう。皮もコンポートにするの」
「こんなにか?」
「全部じゃなくても、残った皮は干し草に混ぜて、ペコのご飯にするのよ。もったいないことをしないの」
サラは林檎のコンポートをハンナに任せて、パイ生地を作り始めた。
その間、エリオットはオーブンに火を入れる。
バターを塗ったパイ皿にパイ生地を敷き詰め、フォークで穴を開けるとカスタードを流し込む。まんべんなく伸ばすとコンポートを綺麗に並べて、最後に切ったパイシートを格子状に並べていく。
つや出しの卵黄を塗って、余熱が済んだ薪オーブンに入れる。
「さて、30分くらい焼くから、その間に他のも作っちゃいましょう」
ハンナは小さく切った林檎を痛めて蜂蜜を加えて粗熱を取った後、煮沸した瓶に詰める。
サラは林檎を弱火で煮詰めてジャムを作る。
「で、俺はどうしたら良いのだ?」
「エリオットには力仕事をお願い」
「力仕事か、任せとけ」
「はい、これを泡立てて」
「これを!?」
サラは冷水を入れたボウルに重ねたボウル。その中には卵白と泡だて器が入っていた。
「そうよ。ある程度泡立ったら、砂糖を入れるから言ってね」
「分かった。しかし、こんなものが力仕事か?」
「ふふふ、頑張ってね」
サラもハンナも自分の分が作り終えたころ、エリオットが不満を口にした。
「おい、これは本当に泡立つのか?」
「ええ、泡立ち始めると早いから。ちなみにボウルを冷やして泡立てるのがコツよ」
「分かった。頑張ってみる」
「もうすぐアップルパイも焼きあがるから、頑張ってね」
大量の林檎を保存可能な状態に加工し終わると、アップルパイが焼きあがった。
香ばしい小麦粉の焼ける匂い、林檎とカスタードの甘い香りが混ざり合い、ハンナの悪魔を呼び起こす。
腹ペコ魔人ハンナの目覚めである。
「サラ、食べよう、食べよう、焼きたて食べよう!」
「このままだと熱くて火傷しちゃうから、もう少し待ってね」
サラはパイ皿からアップルパイを取り出すと、お皿に移した。
すると、良き絶え絶えのエリオットが、嬉しそうにボウルをサラに見せる。
「これで、どうだ!」
エリオットのボウルの中には、つんと角の立ったメレンゲが完成した。
ひたすら卵白を混ぜ続けたエリオットの成果である。
「お疲れ様。すごく、上手に出来ているわ」
「そうか、良かった。しかし、これは腕の鍛錬になるな」
「ふふふ、腕の鍛錬だなんて、エリオットらしいわね。さあ、エリオットの汗と筋肉の結晶をいただきましょうかね」
そう言って、サラはまだほんのり温かいアップルパイを切り分け、メレンゲを添えた。
「甘さが足りなければ、蜂蜜をかけてね。エリオットはコーヒーで良いわよね」
「ああ、ありがとう。そろそろハンナもコーヒーを飲むか?」
「へー、パパはこの美味しい美味しいサラ特製のアップルパイを食べずに、ずーっとタマゴの白いのを混ぜる刑を与えてもいいんだよ」
「おーっと、可愛いハンナちゃんには、パパが美味しい麦茶を注いであげよう」
「ハンナのアップルパイに免じて許してあげる」
こうして、サラのカスタードアップルパイ、メレンゲ添えはサクサクで甘酸っぱく、いくらでも食べられそうだった。