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第25話 お土産の林檎

 翌日、サラがイノシシの皮を持っていくと、エリオットの言葉の通り、村人の態度は変わっていた。

 好意を向けられるわけではないが、悪意が引っ込み、どちらかと言うと事務的な感じに受け取れる。昨日のうちに、村長から村のみんなに話があったのだろう。良くも悪くも、村の情報伝達は早かった。

 サラは二人の待つ、家のドアを開いた。


「ただいま~」

「どうだった?」


 家で待っていたエリオットは、心配そうに訊ねた。


「まあ、昨日の今日で急に、仲良くはならないわね。でも、いつもよりはよっぽどマシだった。まあ、時間をかけて認めてもらうしかないわね」

「そうか……やっぱり俺も一緒に行った方が良かったのではないか?」

「だめよ。エリオットが一緒だと、まるで、あなたで威圧しているみたいになるじゃない。それに……」


 それに、あなたたちはいずれこの村から出て行くじゃない。という言葉をサラは飲み込んだ。いつか二人はいなくなってしまうことは分かっている。分かっているが、考えたくなかった。

 そんなサラの気持ちに気が付かない様子で、エリオットは不満げに答えた。


「そうか? 俺ってそんなに怖い見た目をしているか?」

「そういうことを言っているわけじゃないの。あなたがここの領主の紹介状を持っているって、村のみんなはもう知っているのよ。そのあなたが一緒にいると、『私に何かあれば領主に言いつけるぞ』って目の前で圧力をかけているように見えるじゃない」

「そんなことをするつもりはないぞ。やるなら、俺が直接やる!」

「ハンナもやる!」

「直接やってもダメ! ハンナちゃんもパパのダメなところは真似しちゃだめよ」

「はーい!」


 ハンナは可愛らしく手を上げる。昨日のことで素直に反省したハンナは、サラが村に行くと言っても、素直にエリオットとともに、家に残っていたのだった。


「素直で可愛いハンナちゃんには、お土産があるわよ」

「やったー、何?」

「じゃーん、林檎よ」

「りんごだーって、りんご?」

「そうよ、あれ? 林檎は嫌い?」

「嫌いじゃないけど、こんなにいっぱいどうするの?」

「林檎は果物の優等生よ。何にでもできるわよ。ジャムに蜂蜜漬け、コンポートにしてアップルパイ。焼き林檎にドライ林檎、お酒だって作れちゃうのだから」

「アップルパイ! ハンナ、アップルパイ食べたい!」

「ちょっと待て、今、林檎で酒ができるって言ったか?」


 ハンナの可愛らしさについ、調子に乗ったサラが思わず、口を滑らせてしまった。

 慌てたサラは取り繕うように言う。


「昔、そう聞いたことがあるのよ。もちろん、作ったこともないし、作り方も知らないわよ」


 そう、まだ作った事は無い。しかし、大量の林檎を手に入れたのだから、お酒も造ってみようとたくらんでいたのだった。

 内心汗だらだらのサラに、ハンナが助け舟を出した。


「そんなこと、どうでも良いから、アップルパイ! パパはいつも、りんごなんてそのまま食べてもいいんだから、そのまま食べろって言うんだよ」

「おいおい、そんなこともないだろう。たまには焼き林檎にもしていただろう」

「焼きりんごって、りんごをそのまま串にさして、焚火で焼いただけじゃない」

「あら、バターも蜂蜜も無しなの?」

「パパはけちんぼだから、そんなのなかった!」


 ここぞとばかりにハンナは、エリオットを口撃する。

 それに対してエリオットはやれやれと言った顔をして反論する。


「よく聞くんだハンナ。林檎はな、神がこの世に遣わした聖なる果実だぞ。美味しく、のどの渇きも潤し、皮ごと食べられて、あっちこっちで採れる。そんな果実にバターだ、蜂蜜だ、そんなものは不要だと思わないか? ただ自然にあるがまま、全てをいただこうじゃないか」

「ふーん、わかった」


 ハンナは腕組みをして、エリオットの演説を聞いて納得したふりをして、サラに言った。


「サラ、パパはジャムも蜂蜜漬けもアップルパイもいらないんだって! 聖なる果実はそのままでしか食べない主義なんだって!」

「あら、じゃあ、二人でいっぱい食べられるわね。特製のアップルパイは妹も大好物だったのよ。甘酸っぱい林檎、コクのあるカスタードをサクサクのパイで包むのよ。パイの表面には蜂蜜も塗るわよ」

「やった! サラと半分こだね」

「おーっと、待ってもらおうか。ハンナ先生」

「何よ、パパ生徒」


 ハンナの言葉にエリオットは人差し指と親指でアゴを挟むようにして目を閉じ、何か考え込んでいる様子だった。

 そして、しばらくの沈黙の後、エリオットが口を開いた。


「ごめんなさい、パパにもアップルパイをください」

「じゃあ、今後焼きりんごにはバターとたっぷりの蜂蜜を付けることを誓いますか?」

「誓います」


 エリオットはサラの料理上手は身に染みて知っている。そのサラが自信満々のアップルパイだ。美味しくないわけが無い。

 二人のやり取りを聞いて、サラは笑いながら言った。


「じゃあ、とっても美味しいアップルパイを作るわよ」

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