「サラをいじめるな!」
言葉の主を探し、サラが振り返ると、そこにはエリオットと一緒に畑にいるはずのハンナが、小石を手に立っていた。
「……ハンナちゃん」
混乱したサラができることは、名前を呼ぶことだけだった。
すると、ハンナはサラと村長の間に立ち、サラをかばうように大きく手を広げて言った。
「サラが何をしたって言うの! サラをいじめるな!」
「この……クソガキ! 親も親なら子も子だな!」
村長は目の前で立ちはだかるハンナに、大きく腕を振りかぶった。玄関に置いてあった木の棒を手に。
殴られる!
そう感じたサラは反射的にハンナを抱き寄せ、村長に背を向け、目を閉じた。
ハンナは守らないと! それだけの一心だった。たとえどんな痛みが来ようとも。
しかし、覚悟していた痛みはいつまでたっても来なかった。
代わりに村長のうめき声が聞こえた。
サラはゆっくりと目を開け、村長を見ると、木の棒を持った手をつかんでいるエリオットがそこにいた。
「サラ、ハンナ大丈夫か?」
「エリオット! どうしてここに……ありがとう、私たちは大丈夫よ」
サラ達の無事を確認したエリオットは村長から木の棒を取り上げると言った。
「事情はよく分からないが、それはやりすぎじゃないか」
「なんだ、お前は……そうか、お前が例の流れ者か! ワシはこの村の村長だぞ! 手を放せ! そのガキが、ワシに石を投げたんだ。貴様も親なら、子供の責任を取れ」
騒ぎ立てる村長の身体を見回したエリオットは、ハンナに尋ねた。
「ハンナが石を投げたのか?」
「こいつがサラを泣かせるから、投げた」
「それで、石をぶつけたのか?」
「……投げたけど、当たらなかった」
「そうか……当たらなかったとしても、石を人に向かって投げることは悪いことだ。この人に謝れ」
「……やだ」
「謝れ。そうでないと、お前だけじゃなく、サラも悪くなるが良いか?」
「やだ! ……石を投げて、ごめんなさい」
サラの胸から抜け出たハンナは、村長に向かって頭を下げた。
「ふざけるな、謝って済むか! クソガキ! 頭にでも当たっていたら死んでいたかもしれないんだぞ」
村長はエリオットに腕をつかまれたまま、叫んだ。
小さなハンナが投げられる程度の小石のうえ、ハンナの力は弱い。当たっていたとしてもせいぜい打撲くらいである。それを村長は大げさに言っていることをエリオットにも分かっていた。
しかし、エリオットはそんなことを指摘せず、にっこりとして村長に提案する。
「村長、子供は謝った。これからはこの子の親として、大人同士で話したいのだが、いかがだろうか? 遅くなったが、村長にも挨拶をしておきたいと思っていたので、ちょうど良かった」
「ワシにはお前なような流れ者の若造と話をすることなどない」
「そうですか……まあ、これを見てください」
そう言って、エリオットはサラ達に見えないように、何かを村長に見せた。
すると、村長は先ほどまで怒りで真っ赤になっていた顔が、急に血の気が引いていた。
そんな村長の様子を見てエリオットはもう一度、優しく言った。
「二人っきりで、話しませんか?」
「わ、分かりました。こちらへどうぞ」
村長はそう言うと、エリオットを家の中へと案内する。
何が起こったのか分からないサラは、不安でエリオットに声をかけた。
「待って! エリオット。私も一緒に行くわ」
「大丈夫だから、ハンナとそこで待っていてくれ」
何事もなかったようにいつもの明るい笑顔で、エリオットは家の中へと消えて行った。