サラはキラキラした目で、イノシシの血を見ていた。
そんなサラを見て、エリオットは怖い考えに至った。
「もしかして、これを飲むつもりか?」
「何を言っているのよ。飲むわけがないじゃない。これは、ブラッディソーセージにするのよ」
「ブラッディソーセージ?」
エリオットは聞き覚えの無い料理名に、驚きを隠さず繰り返した。
名前そのものを訳すと「血の腸詰」。その意味は分かるが、どんなものか、エリオットには想像がつかなかった。腸詰は動物の腸に叩いた肉を詰めて蒸す物だと、エリオットも知っていた。それを血で作ると言うことは、水袋のようにするのだろうか?
そんなことを考えているエリオットに容赦なく、サラの指示が飛ぶ。
「そうよ。だから、この腸を洗ってきて。中の物は全部、完璧に綺麗にしてきて!」
「わ、わかった」
鬼料理長の指示に、エリオットは素直に従い、渡された腸を持って小川に走った。
エリオットは腸から内臓物、つまりイノシシのウンチを絞り出すと、中に水を入れて洗い流す。何度も流し、指を使って綺麗にすると、サラの元に戻る。すると、サラはイノシシの皮をはがし終え、肉も切り分けていた。それだけでなく、ボウルには脂身を叩いた肉が淹れられており、血と混ぜられていた。
手を真っ赤にしたサラは、次の指示を出す。
「綺麗に洗えた? ありがとう。肉を入れるから、どんどん縛って行って」
「分かった」
手際よく、空気が入らないように肉を詰めていくサラ。それに置いていかれないように等間隔で腸を縛る。
血が混ぜられているため、普通のソーセージよりも赤いのだが、そんなことを気にする暇もなくあっという間に作られるブラッディソーセージ。
その合間に、サラがエリオットに話しかけた。
「こんなことをしながら言うのもおかしいかもしれないかもしれないけど……」
「何?」
エリオットは作業の手を止めずに、応える。
「助けてくれて、ありがとう、エリオット」
「ああ、そのことか。女性を助けるのは男の役割だ。気にする必要はない。俺は、そのために鍛えていると言っても過言じゃないからな」
「それでも、そうだとしても、感謝の気持ちを伝えない理由にはならないわ」
「そうか。じゃあ、その気持ちはありがたく受け取っておくよ」
「それに、もうひとつ、お礼が言いたいのよ」
「もう、ひとつ?」
「ええ、これよ」
目をキラキラさせたサラは、ほぼ作り終えたブラッディソーセージを示した。
「ああ、ソーセージ作りくらいなら、いつでも手伝うぞ」
「それもありがたいけど、そうじゃないのよ。本で読んでから、作ってみたかったのよ。ブラッディソーセージって、新鮮な血じゃないと作れないのよ。私は狩りになんて連れて行ってもらえないし、自分で捕ることもできないからあきらめていたのよ。それがまさかこんなところで作れるとは思わなかったわ。ありがとう」
「なんだ、そんなことか……それは、感謝の言葉ひとつじゃ、すまされないな」
そう言って、いたずら小僧のような顔でサラに笑いかけた。
命を救ったことに関しては、謝意を示すだけで良いと言い、ソーセージ作りには報酬を要求する。そのアンバランスさを、サラは面白いと感じてエリオットの言葉を待った。
「このソーセージは、俺にも食べさせてくれるのだろうな」
「あら、当たり前よ。でも料理の評価はちゃんとしてよ。これは初めて作ったのだから」
「そこは、任せろ」
「パパ、そこは、『うまい』、『まずい』だけじゃダメってわかってる?」
鍋を持って来てからどこかに行っていたハンナが、エリオットの側に帰ってくると、あきれたように言った。
エリオットは、そんなハンナの言葉に虚をつかれた。
「え、だめか?」
「ダメに決まってるじゃない」
「まあ、まあ、ハンナちゃん。良いのよ。素直に美味しいかどうかを言ってくれれば」
「ほら見ろ、ハンナ」
「もう、サラったら、パパに甘いんだから……そう言えば、準備出来たよ」
「ありがとう、こっちも終わったところよ」
サラは作り終えたブラッディソーセージを、手に取って見せた。
作りたてのソーセージは柔らかいのだが、ブラッディソーセージは血を含む分、余計柔らかかった。
それを優しく持ったサラは、エリオットに次の指示を出す。
「これから、ソーセージを茹でて来るから、エリオットはイノシシの解体をお願いね」
「よし、任せておけ」
「じゃあ、ハンナちゃん、行くわよ」
そう言って、サラとハンナが家に戻った後、エリオットは一人黙々とイノシシの解体を続けながら、想いに更けていた。
(しかし、いろいろな料理があるものだ。血を使った料理か。実際、好きなだけ食材を差し出せば、何種類の料理を作るのだろうか? 興味深い。やはり、実際に国を回ってみると、知らないことだらけだな)
獣のさばき方も、旅に出てから身に付けた。
必要だから。
火の起こし方も覚えた。
必要だから。
旅に出た時は何もできなかった自分を変え、本や机の上で教えられたことと、実際に経験したこととの差を埋めていった。全国を回りながら、知らないこと、気になったことは自分から首を突っ込み、経験を積んできた。
そんなエリオットでさえ、サラの料理は規格外だった。
「彼女の料理は、この国のためになる。その上、追放された元貴族か……なぜ、いままで人々に知られなかったのか不思議なくらいだな」
エリオットは誰に言うでもなく、呟いた。