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第17話 襲われるサラ

「危ない! サラ」


 エリオットの声にサラは我に返り、顔を上げると、小川の向こうにいる大きなイノシシと目が合った。立派な牙を持ったイノシシはジッとサラを見ていた。

 イノシシは畑を荒らすだけでなく、その突進力と牙で人を傷つける害獣である。

 つまり、今のサラにとっては天敵。

 思わず悲鳴を上げても、仕方がなかった。


「きゃー!」


 サラは急に立ち上がり、エリオットたちの所に走り始めた。その声と行動はイノシシを興奮させた。

 バシャバシャと小川を駆け抜け、サラの背中を追いかけてくる。

 農作業で体力が付いたとはいえ、元は貴族令嬢のサラ。全速力で走ることなどなく、当然足も遅い。

 迫りくるイノシシ。


「横に飛べ!」


 エリオットの指示に、無心で飛ぶサラ。その足にイノシシの牙が刺さる。

 イノシシはサラを引きずると、立ち止まり、サラを振り払うように首を振る。


「サラを離せ!」

「モー」


 サラを襲ったイノシシに、ハンナを乗せたペコが体当たりする。厚手のスカートを引き裂き、サラはイノシシから離れた。

 エリオットはサラの側に駆け寄ると、サラを抱き上げると、安全な場所に移動する。

 サラを降ろすと、自分の服を引き裂いて、サラのスカートをめくりあげる。


「きゃー、何をするの?」

「うるさい。傷を見せろ! 止血をする」

「だ、大丈夫よ。スカートが巻き込まれたけど、足はかすっただけ」


 サラが言ったように、運よく、イノシシの牙はスカートに阻まれ、太ももに赤い跡を残すだけだった。それよりも、引きずられた時に手を擦った方がひどいくらいだった。

 その様子を見たエリオットは、心底安心したように、大きく息を吐いた。


「サラが無事で良かった……ここで大人しくしているのだぞ」

「どこに行く気?」

「イノシシを倒してくる」

「ダメ! 危ないわよ」

「安心しろ、イノシシごときに遅れは取らない」

「でも、怪我をしたら……」

「心配してくれて、ありがとう。だが、ハンナとペコが危ないし、ここで行かないと騎士どころか、男でないだろう」


 そう言って、エリオットは、サラが棒と勘違いしていた剣をすらりと抜いた。


「それに、今はこれがあるから、安心して見ていてくれ」


 そう言うと、エリオットはイノシシの方に歩いて行った。

 そこには、牛のペコとイノシシが睨み合っていた。

 剣を両手で構え、イノシシに近づくと、イノシシもエリオットに気が付いた。

 目の前の巨大な草食動物と何やら光る未知の物を持っているが自分がぶつかれば、ふき飛ばされそうな動物。イノシシは、エリオットの方が戦いやすいと判断した。


「悪いな、サラを襲わなければ、追い払うだけで済ませられたのだが……」


 対峙する二人の戦士。

 二人の間に流れる風は先ほどの柔らかさは無く、刺すような厳しさがあった。

 様子見の時間は終わり、先に動いたのはイノシシだった。

 予兆なく、一気にトップスピードでエリオットに襲い掛かる。

 エリオットの倍はありそうな体重が、まっすぐ走ってくる。

 普通であれば、その迫力にしり込みし、吹き飛ばされるであろう。


「動いたな」


 しかし、エリオットは落ち着いて体の軸をずらすと、上段からイノシシの首に死神の鎌ならぬ、死神の剣を振り下ろす。

 胴と頭が分かれた。

 頭を失ったイノシシはそのまま、しばらく走ると体勢を崩し、倒れた。

 エリオットはその姿を確認もせず、剣に付いた血を一振りで弾き飛ばし、呟いた。


「あれだけ大きなイノシシ相手に、これほどの切れ味とは……やはり、名剣」


 手にした剣の切れ味に、うっとりしていた。

 そんなエリオットを叱りつける声が響く


「エリオット! ぼーっとしていないで、手伝って!」


 声のする方を見ると、サラが首のないイノシシに手を合わせていた。

 自分を襲った相手に対して、敬意を払っているのを見て、エリオットはサラの優しさを感じた。だからこそ、命がけで戦った相手を埋めて弔ってやらなければならないだろう。

 そう思い、近づいたエリオットにサラの指示が飛ぶ。


「エリオット、イノシシの血抜き、そのあとは内臓を取って! ここからは時間勝負よ! これだけの大物、美味しくいただかないと失礼よ!」

「美味しくいただかないと失礼って、こいつに敬意を払っていたのじゃないのか!」

「敬意を払っているからこそ、余すことなく美味しくいただくのよ」

「サラ、持って来たよ」


 料理長の顔になったサラにエリオットが気圧されていると、いつの間にかハンナがやって来た。そして、手に持った大きなボウルに、捨てるはずのイノシシの血を溜め始めた。

 いつものハンナのイタズラかと驚いたエリオットは、ハンナを止めようとする。


「何やっているのだ?」

「ありがとう、一滴残らず溜めておいてね」

「え!?」


 ハンナの行動を肯定するようなサラの言葉に、エリオットは驚く。

 動物の血はすぐに腐り、肉の中に残しておいて良いことなど一つもない。そのため、獲物をしとめると、すぐに血抜きを行う。この早さで肉の質も保存期間も変わる。だが、血をそのまま地面に流すと虫が湧いたり、血の匂いを嗅ぎつけて肉食獣が寄って来たりする。そのため、肉の温度を下げるのも兼ねて川に肉を浸し、血抜きをする。それができない場合は、穴を掘り、そこに血を溜め、穴を埋める。


「そうか、このイノシシは大きいから、川まで持っていくのは大変だ。だから、この血を川まで持っていくのだかな」

「何言っているの。違うわよ」


 エリオットの考えは、サラによってすぐに否定された。


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