ハンナが、堆肥置き場から離れながら、切り株と格闘しているエリオットを指さした。
「パパが手伝って欲しいって、言ってるよ」
「そうなのね。ありがとう。じゃあ、行きましょう」
堆肥作りを一旦あきらめたサラは、ハンナと手をつなぎ、反対の手でペコの手綱を持ち、エリオットの元に移動する。
エリオットは切り株の周りの地面を掘り、露わになった根を斧で切り落としていた。
「おお、サラ。こいつを地面から引き離すのに、丸太か鉄の棒はないか?」
「あるわよ。ちょっと待っていて」
牛舎の奥からサラは持ち手の付いた棒を持ってくると、エリオットに手渡した。
「これでいい?」
「ああ、ありがとう」
エリオットはそれを受け取ると木の根に差して、テコの原理で切り株を引き抜こうとして、手を止めた。
「ちょっと待て、サラ。これはどこにあった?」
「ちか……家に落ちていたのよ」
素直にサラは、棒があった地下室のことを話しかけて、言い直した。
地下室を発酵実験室に改造するとき、農作業に使えそうなものをいくつか取り出したのだが、この棒もその一つである。
「ちょっと重いけど、丈夫そうでしょう」
「そうだな、丈夫だろうな。これは、剣だぞ」
「あら、剣なの?」
「ほら見ろ」
そう言って、エリオットはストッパーを外し、慣れた手つきで剣を抜いた。泥で汚れた鞘に隠れていた刀身が陽の光にあたり、七色の光をはじいて現れた。
その美しさに剣になど全く興味のないサラも、思わずつぶやいた。
「あら、綺麗ね」
「これは、なかなかの業物だぞ」
「そうなの? じゃあ、エリオットにあげるわ。でも、困ったわね。他に丈夫な棒ってあったかしら?」
全く剣に興味を示さないサラは、切り株を外すテコ棒を探し始めた。
「ちょっと待て、簡単にくれると言っても、これだけの剣だ。売れば結構な額になるぞ」
「でも、剣なんて私が持っていても仕方がないし、売るにしてもこんな農村で誰が買うって言うのよ」
「そうかもしれないが……」
「エリオットがどこかの騎士になって、その剣で活躍出来たら、何か珍しいお土産でも持って来てよ」
「お土産って……わかった。じゃあ、この剣は俺が預かる」
「分かったわ。それよりも、棒よね、棒」
名剣や金よりも、目の前の切株をどかすための棒探しに夢中になっているサラを見て、エリオットはおかしな気分になった。
しかし、それがサラと言う人物なのだろうと、思い直したエリオットは、サラと一緒にテコに使える棒を探し始めた。
そんな二人を見て、ハンナも木の棒を探し始める。
畑の近くは林になっており、そこにはさまざまな大きさの枝が落ちている。
ハンナはペコを連れて、その林に入っていた。
「棒、棒、ぼーう、大きな棒! あったら切り株ひきぬくぞー」
ハンナは歌いながら、きょろきょろとあたりを見回し、林の奥へと進もうとすると、木の陰に隠れている男の子と目が合った。
年はハンナよりも少し年上だろう。村の子供がよく着ている薄汚れたシャツとズボンを身に付けていた。
ハンナはペコの上から、声をかける。
「こんにちは、あなた誰?」
急に声をかけられた男の子は、一瞬逃げ出しそうなそぶりを見せたが、何とか思い直して、ハンナに話しかけた。
「おまえ、あの王様殺しの魔女の子か?」
「王様殺し? 魔女? もしかして、サラのことを言ってるの?」
「そうだ、あの女だ。お前たちは旅の者みたいだから教えてやる。あの女は王様を呪い殺して、この村に追放されたんだ。悪い事は言わね。お前も、殺されたくなかったら、さっさと逃げるんだ。わかったな」
それだけ言うと、男の子は村の方に走って行ったのだった。