今日も天気が良く、山からほど良い風が流れて来る。遠くで鳥がさえずり、牝牛のペコがサラ達を待ちわびたように、大きく鳴いて出迎えてくれた。
「おはよう、ペコ」
ハンナはペコが見えるようになると、駆けだした。
「ハンナちゃん、ペコに水と草をあげて」
「分かったー」
「俺は、昨日の切株を抜く準備をするな」
エリオットは、サラに言われる前に、自ら斧とスコップを持って、切り株の周りを掘り始めた。
二人が自分の仕事を始めると、サラは畑の様子を確認し、牛舎の掃除を始めた。
牛舎の掃除は重要な仕事である。牛舎を清潔に保つことにより、ペコの病気の可能性を下げるだけでなく、その藁に混ざった排泄物は堆肥の材料になる。
サラは、排泄物を溜めているところに行く。そこは昨日の葉が積まれており、その上に新しい排泄物を乗せる。
「昨日の葉で、量はまとまったわね。あとは発酵を促進したいのだけど………」
このままでも時間が経てば、自然発酵するの。しかし、今は畑の広さも土も足りない状態だ。せっかくの手に入れた発酵令嬢の力があるのだ、上手く利用して、畑を広げて収穫を安定させたい。いくら発酵食品を作る知識と能力があっても、食材が手に入らなければ作ることができない。野菜畑が軌道に乗れば、次は麦畑そして稲作が可能な水田にまで手を伸ばしたいと考えているサラには、時間がいくらあっても足りないのだ。
そんなサラは、少し離れたところで作業をしている二人を見た。
この距離なら、サラが細菌の力を使っても見つからないだろう。
サラは堆肥に向けて両手を付き出し、目を閉じて集中する。
葉っぱ、藁そして牛の糞を分解する微生物を呼び出そうとした時、急に声をかけられた。
「サラ! 何してるの?」
いつの間にかペコに乗ったハンナが、すぐ近くに来ていた。
サラは慌てて、手を降ろすと、ハンナの方に振り返る。
「ど、どうしたの、ハンナちゃん」
「パパがサラを呼んでいるのに、サラったらペコのウンチの中に手を入れようとしていて、驚いて声かけたんだけど」
「ウンチに手を……」
確かに他の人から見たら、サラは両手を堆肥に突っ込もうとしているように見えるだろう。つまり、サラが本当は何をしようとしていたか、知られていないと分かって、ホッとする。
すると、ほんのりと手に熱を感じ、ハンナに対する言い訳を思いついた。
「ああ、これはね、ペコの排泄物と藁や葉っぱを混ぜて置いておくと、畑の栄養になるのよ」
「うん、それは知ってる」
「畑の栄養に変わるとき、温かくなるの。だから手をかざして、ちゃんと畑の栄養に変わっているのか確認していたのよ」
「へー、そうなの? ペコ、ちょっとしゃがんで」
そう言ってペコから降りたハンナが、サラと同じように小さな手で堆肥の熱を感じてみる。すると、少し驚いたようにサラを見る。
「本当だ、面白いね」
「そうでしょう」
「でも、くさい」
「ふふふ、それは、我慢して」
ハンナの臭そうに鼻をつまむ姿に、思わずサラの笑みがこぼれる。
知識では堆肥の作り方を知っていたサラだったが、初めはこの匂いに慣れなかった。においだけではない。糞尿を取り扱うこと自体に嫌悪感が先に立った。それでも、農民は良い農作物を作るために、みんなやっていることだ。そして、自分はもう貴族ではないと思い切ると、苦でなくなっていきた。臭いのは臭いのだが。
だから、ハンナを見ていると、ここに来た頃の自分を思い出すのだ。