「おお、今日も知らぬものがあるな。サラ、これは何と言うもので、どうやって食べるのだ?」
エリオットは、皿に置かれたチーズを興味深そうに見ると、一口サイズに切られたチーズを一つ取り、においを嗅いだ。
チーズ独特の匂いに不思議そうな顔をしているエリオットに、サラはにっこりしてチーズを口にした。
「そのまま食べるのよ。ちょっとクセがあるから、パンにはさんで食べても美味しいわよ」
「ハンナは、パンに挟んで食べるのが好き! さすがお兄さんだね」
「おお、これはパンに合うな。って、お兄さんってなんだ?」
「パパ生徒、よく聞きなさい。ミルクは赤ちゃんで、ヨーグルトは子供で、チーズはお兄さんなんだよ」
「なんだ、それは?」
「ああ、ヨーグルトもチーズもミルクから出来ているって、さっき教えたのよ」
「そうか……それで、ハンナ先生。どうしてヨーグルトが子供で、チーズがお兄さんなのだ?」
エリオットが素朴な疑問をぶつけると、ハンナはそのくりくりした瞳を大きくして首を傾げた。
「えーっと……なんでなの? サラ」
「それはね。ヨーグルトは一晩でできるけど、チーズを作るのに時間がかかるからよ」
熟成しないチーズならばヨーグルトよりも早く作れるが、やはりサラとしては発酵させたい。その方が、コクが出て美味しくなる。
そんなサラの言葉に、エリオットが申し訳なさそうに言った。
「悪いな。そんなに時間がかかるものを……」
「何言っているのよ。チーズは食べ物なのよ。どれだけ熟成に時間がかかろうが、食べなきゃその価値は無いに等しいのよ。どんなに手の凝った料理も食べてくれる人がいなければ、ただのゴミなの。だから気にせず美味しく食べてくれればいいのよ」
「そうか。サラがそう言うなら、ありがたくいただこう」
そう言って、エリオットはチーズを一口食べた。
「クセはあるが、それがまた美味い。これは酒と一緒にいただくと余計に美味いだろうな」
「え! エリオットって、お酒を飲んだことがあるの?」
王族専売のお酒は高価である上に、基本的に貴族しか買うことができない。つまり、お酒を飲めると言うことは、貴族かそれに準ずる者を意味する。
そう思ってサラがエリオットを見ると、どことなく気品ある顔に見えた。
しかし、子連れで、旅をしていると言うことは、地方貴族の三男坊あたりだろうか? 庶民と大恋愛の上、家を飛び出し、生活するも、奥さんが病気で亡くし、ハンナと二人で士官の旅に出た。そんな、恋愛小説のようなストーリーを思い浮かべているサラに、エリオットは現実を話した。
「貴族の息子と知り合いなのだ。気さくで、俺と二人でよく悪さをしていて。そいつが、家から酒を盗んできて一緒に飲んだことがあるのだよ」
「じゃあ、そこで雇ってもらったら良くない?」
「いやー、家を継いだのが、そいつの兄貴だし、二人で悪さしていたのも知られているから、そこだけは無理だな」
サラには、若い頃のエリオットが友人と悪さをしているのが、目に浮かぶようだった。
その少年のような瞳は、楽しいこと、珍しいことはとりあえずやってみないと気がすまないと言っているようだった。
「あ! でも、このチーズを持っていけば、あの頃のことを水に流してくれるかな?」
「え! やめてよ」
「それもそうか、これはサラが作った物だから、俺が持っていくのもおかしな話だな」
「そうじゃないのよ。これは、自分で食べる用なの。まだ改良中だから、他の人に渡すのは恥ずかしいの」
「これよりも、もっと美味しいものが作れるのか?」
「そうなるように今、試行錯誤をしているところ。それにしてもエリオットはチーズが気に入ったみたいね。あ、そうだ。チーズはそのまま食べても美味しけど、ちょっと待ってね」
そう言ってチーズとパンなどを持ってキッチンに行くと、サラは残り火でチーズをあぶり始めた。
香ばしい香りとともにトロリとし始めるチーズ。
それをパンに乗せ、その上に目玉焼きとソーセージを乗せ、二つ折りにするとエリオットに渡す。
「冷めないうちにどうぞ」
サラの言葉に躊躇なく、エリオットは豪快に齧り付いた。
無言で半分ほど食べた後、水を飲み一息つく。
その様子を見ていたハンナが心配そうに訊ねた。
「どうなの? パパ」
「……美味い! 美味いぞ。ハンナも食べてみるか?」
そう言って手に持っている、食べかけのパンを差し出すと、ハンナも齧り付く。
もぐもぐと一生懸命、口を動かした後、のどを鳴らす。そして、頬を両手で挟んで叫んだ。
「美味しい! ハンナ、毎朝、これが良い!」
「じゃあ、ハンナちゃんの分も作るね」
貴族のころのサラ・ファーメンは、このような食べ方はしなかった。チーズ、目玉焼き、それにソーセージは別々に食べ、時々パンをちぎって食べていただろう。でも今は、ただのサラである。そして、エリオットたちは作法など気にしない旅暮らし。作法よりも美味しさを優先しても文句は出ない。
そんな暖かく楽しい朝食の終わりは、畑仕事が始まりだった。