サラの言葉に、ハンナとエリオットは顔を見合わせた後、サラを指さした。
サラは自分の後ろに何かあるのかと、後ろを見ても何もなかった。一度、薄汚れた天井を見上げて、確認の意味を込めて、自分自身を指さした。
「え! 私? 私はごくごく普通よ。ちょっと料理が好きなだけの」
「いやいや、食は人の原動力だ。百万の兵がいたとしても、食事がなければ、戦争は負ける。そして、その食の良し悪しは、兵の士気にも関わる。俺が見るに、サラはこれまで出してくれた料理以外に、もっと新しい料理を隠していると思っている」
「ハンナも思ってる」
妙にカンが良いこの父娘を見て、サラはどうしたものかと考えていた。
エリオットが言っているように、サラが研究している発酵食品は奥が深い。それゆえ、色々な物を試しては自分一人で食していた。しかし、誰かの感想が欲しい、美味しいと言って笑って欲しい。その思いがあふれてしまって、ついつい、二人にふるまってしまった。
サラは、二人にもっと自分の料理を食べて欲しいと言う気持ちと、これ以上自分の能力を知られてはまずいと言う気持ちがせめぎ合っていた。
そして、サラはなぜこの能力が知られてはいけないか自問自答する。
サラが目に見えない微生物を操れるとわかれば、証拠不十分で追放されたジェラール王子暗殺未遂の罪が確定してしまう。たとえ、サラ自身が望んだわけではないにしても。
二人はジェラール王子のことを知らないだろうが、それでもどこでどう知られてしまうか分からない。
それに、目で見ることのできない微生物の魔法使いなど、気持ち悪いだけだろう。
サラは冷静を装って、にっこりと笑った。
「ええ、まだまだ美味しい物を隠しているわよ。だって、私はファーメン家の料理長って言われていたのだから」
「やっぱりそうか! では、その全てを見せてもらうまで、この家にいさせてもらおうかな」
「え!? それは二人が、ずっとこの家に住むって言うこと?」
「ずっととは言わないが、しばらく置いてくれないか? その分、俺たちも働くぞ。まずは切り株を片付けて、畑の拡張だな」
「ハンナも働く!」
エリオットは自慢の力こぶを見せ、ハンナは力強く可愛らしく手を上げる。
今まで力仕事はペコ頼りだったが、細かなことは出来ない。人手が増えるのは助かる。ハンナは可愛く、生きる糧になる。
ひとり暮らしは気楽であるが、やはり淋しい。
だから、エリオットがこのまま旅を続けると言うのならば、まだ子供のハンナを預かろうと思っていた。
そんなことを考えていたのだから、二人の申し入れはうれしい。しかし、サラは追放された身である。そんなサラとエリックたちが一緒にいると、周りにどう思われるのかも心配だった。
考え込むサラにエリオットが、不安そうに声をかける。
「俺たち、迷惑だったか?」
「いや、そんなことない! 逆よ。私と一緒にいると、あなたたちに迷惑がかかるわ」
「それは、サラが追放者だからか?」
「ええ、そうよ。一晩くらいなら、知らなかった、で済まされるけど、何日もここに住んでいると、あなたたちも悪い噂をされるわよ」
サラの言葉にエリオットとハンナは、顔を見合わせて笑った。
その姿を見て、サラは怒りが込み上げてきた。小さな村の中の噂は伝わるのが早い。悪意のある噂なら、あっという間だ。それを知っているからこそ、サラは心配しているのに、それを笑うなんて。
「笑い事じゃないのよ。真剣に聞いて!」
「ごめん、ごめん。真剣に聞いているし、サラが俺たちのことを真剣に考えてくれていることも分かっている」
「じゃあ、なんで笑うのよ」
「だって、サラの言う悪い噂って、小さな娘を連れた男がどこからかふらりと現れて、色々と聞き回っているって言うのよりダメな奴か?」
行商人でもなく、修道者でもない上に、目的地のない旅人など珍しい。それも、父ひとり、子ひとりでの旅である。行く先々で色々と噂をされていたに違いない。それはこの村でも同じだろう。だから、サラが心配をするようなことは、すでに経験済みだと言うこと、エリオットは言っている。
その言葉の意味に気が付いたサラは、おそるおそる聞いた。
「本当にいいの?」
「いや、わがままを言っているのはこちらの方なのだが?」
「パパが、わがままでごめんなさい」
ハンナはまるでエリオットの母親のような顔で、ぺこりと頭を下げる。
そのあまりの愛らしさにサラは自然と笑みがこぼれた。
「分かったわ。二人が気の済むまで、ここに居てもいいわよ」
こうして、サラはエリオット、ハンナの父娘と一緒に生活することにしたのだった。