「エリオット、ハンナ。村で噂を聞いたかもしれないけど、私は少し前まで貴族の娘だったの。知らないと思うけど、ファーメン家と言う田舎貴族だったのよ。訳あって、この村に追放されたのだけど、その時に持たされたものの中にお酒があったの。だけど、私はお酒を飲まないから、料理に使っているのよ。贅沢でしょう」
ファーメン家から渡された物のなかに、お酒など入っていなかった。そもそも、罪人として追放されたサラに、高級な嗜好品のお酒など渡されるはずもない。少し考えればわかる嘘ではあるが、今のサラにはそれが精一杯だった。
そんなサラの言葉に、エリオットが少し考えて言った。
「ファーメン家か……確か、身分はそれほど高くないが、地方の領地を持ち、現当主夫婦は商売上手で家自体は裕福だが、金をため込むばかりの商人気質な家だな。確か娘が二人いてファーメンの白百合と呼ばれていたと思ったが……」
そう言って、エリオットはサラの姿をじっと見た。
農作業でぼさぼさの上、邪魔だからと切ってしまったショートの黒髪。地味な上に、女性にしては高い背は白百合とはかけ離れたイメージである。
そんなサラはエリオットの言葉に驚いた。
「私の家のことを、よくご存じで……ちなみに私は白百合じゃない方ですよ」
「まあ、色々と情報は……あ、いや!」
焦るエリオットを見て、サラは考えた。
なぜ、ハンナと二人で旅をしているエリオットが、貴族社会について詳しいのだろうか?
エリオットの体つきから、おそらく騎士を目指している、騎士見習いだと推測する。それならば、仕える家のことを調べているのかもしれない。いや、そうに、違いない。万が一、エリオットがどこかの貴族だとすると、お供もつけずに、娘と二人きりで旅をすると言うことは考えられない。
ひとりで勝手に納得したサラは、すっきりした顔でエリオットに言った。
「エリオットさんは士官先を探して、旅をしているのですよね。だから、貴族の情報にくわしいのですね。やはり、仕える家は大事ですもんね」
「士官先……あ、ああ、そうだな。やはり、安定して、跡継ぎもしっかりした家の方が、安心するからな」
「パパ、無職だもんね」
「いやいや、ちゃんと、働いているからな。害獣駆除をしたり、行商人の護衛をしたりしているぞ。それだけじゃなく、農業の手伝いしたり、羊飼いの手伝いをしたりしているぞ」
エリオットは汚名を返上するように、ハンナに反論する。
ハンナは両腕を組んで、大きくため息をついた。
「パパ、それってハンナとどう違うの? 全部、お手伝いじゃない。それって働いているって言えるの?」
「ぐう……」
大きな木を一撃で倒し、鍛え上げられた筋肉を持つエリオットも、愛娘にはめっぽう弱い。
困り果てたエリオットの顔を見ていると、まるで、母親に怒られた男の子のようで、なんとも可愛かった。
自分よりも年上の、既婚男性に向かって、可愛いと思ってしまうのはエリオットに失礼だ。そう思い直したサラは、話題をそらす。
「ところで、エリオットが珍しいものを探して旅をしているのって……そういう知識が士官に役に立つからですか?」
「ああ、ハンナから聞いたのか? そうだな。珍しい物と言うよりも、この国に……いや、人々に有益な物や人が、もっと隠れているのではないかと思って、旅をしている」
「そんな人が簡単に見つかるものなの?」
「見つからないな」
エリオットは白い歯を見せて笑って言った。
「そんな人間が簡単に見つかるわけ、無いじゃないか」
「そうよね。ちなみにエリオットが考えているような人は、どんな人?」
「光の聖女様だな」
「光の聖女様? そう言えば初めて会った時にハンナちゃんも言っていたわね。世界が死の雨に包まれた時、その一筋の光で世界を救うと言う、あれ?」
「ああ、そうだ。そんな人を見つけるのが最終的な目的だ。やっぱり、美味いな」
豚肉の味噌漬けに齧りつきながら、エリオットは嬉しそうに言った。
そんなエリオットとは逆に、サラは浮かない顔をしていた。
(光の聖女様は世界を救うと言うけれど、その聖女様を誰が救うのだろうか? 司祭様のように自ら人を救うことを決めたのならいいけれど、聖女様は自らの意志に関係なく救い手となると言う。そして、その役割を終えた聖女はどうなるのだろうか? 西の革命の乙女は、革命が成功に終わった後、革命政府に魔女として処刑されたと言う。世界を救わず静かに生活をさせてあげた方が良いのではないだろうか)
そんなサラの気持ちに全く気付かないエリオットは、ごきげんな声で続けた。
「でもな。不思議なことにハンナに好きにさせると、これが簡単に見つかるのだ」
「へー、そうなの。ハンナちゃんにはすごい能力があるのね」
「ああ、そうだな」
「それで、どんな人に会ったの?」