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第8話 ハンナとエリオットのお泊まり

 こうして、三人で仲良く家に帰りつくと、エリオットがお風呂の準備をし始めた。そして、その間、サラは豚肉にある調味料を塗りつけて、大きな葉で包み込んだ。次にサラダを準備し、スープを用意する。


「これで、あとはお風呂上りにお肉を焼けば、おしまいっと」

「サラ、湯が沸いたから、ハンナと入っておいで」

「エリオットの方が汗をかいているでしょうから、お先にどうぞ」

「いや、家主よりも、先にいただくわけにはいかない。ハンナとゆっくり入って来てくれ」

「サラ、一緒にお風呂入ろう」


 ハンナは、サラの袖を引っ張って可愛らしく催促する。サラの心は、それに逆らえるほど、強くなかった。


「じゃあ、先に入ってきますね」


 風呂場には大きな鉄製の釜があり、水は川から引けるようになっている。家の外から薪でその釜の水を沸かすことができる。ただしその釜は人が入れるほど大きくはないため、洗い場で体を洗い、釜のお湯で体を流す。

 湯加減を見たサラは、ハンナの頭からお湯をゆっくりとかけると、ハンナは水を浴びた猫のように頭をプルプルと左右に振った。

 妹のアリスも小さい頃は同じようなしぐさをしていたのを思い出し、サラは懐かしい気持ちになりながら、ハンナの頭を洗う。そして、サラはハンナとエリオットについて気になったこと聞いてみた。


「そう言えば、あなたたちは、なんでこの村にやって来たの?」

「うーん、何となく」

「何となくって……じゃあ、どこに行こうとしているの?」

「どこって、ハンナには分かんない。パパが色々な珍しいものを見たいからって、旅してるだけ」


 ハンナの言葉を聞いて、サラは驚いた。

 基本的に旅をする人は行商人や旅芸人など仕事で旅をするか、教会関係者が布教活動のために各地を回る。しかし、二人はそのどちらでもないのは、見た目から分かっていた。ならば、何か目的地があって、旅をしているものだと思っていた。

 しかし、エリオットが特に目的もなく旅をし、それに小さなハンナを付き合わせているとハンナは言っているのだ。

 成人男性であるエリオットならば問題ない旅でも、ちいさな女の子であるハンナには厳しいはずだ。本来であれば、ハンナは家の手伝いをしながら過ごしている年頃のはず。

 サラは、ハンナの言葉に、ある決意をして、お風呂を上がったのだった。


 サラ達と入れ違いで、エリオットが風呂に入っている間、準備していた豚肉を焼き、夕飯の準備をする。

 豚肉を主菜にサラダにスープ、パンを準備して、エリオットを待つ。

 ハンナもお利口に待っていると、エリオットがやって来た。


「お待たせ。お、美味しそうだ」

「ちょっと、パパ!」


 ハンナに怒られて、キョトンとしたエリオットは、煌めく水滴を金色の髪にまとわせ、神話の彫刻のような精悍な上半身をあらわにしていた。

 そんな野性味あふれるエリオットに、ドキッとしながらも、悟られないように冷静を装った。


「エリオット、食事の時はちゃんと服を着てください。豊穣の女神ティメルに失礼よ」

「ごめん、ごめん。昼の食事を思い出して、どんな物が出るか考え始めたら気になって、ついつい」


 そう言いながら、エリオットは服を着ると、席に着いた。

 こうして、全員揃ったところで、食事を始めると、エリオットは不思議そうに豚肉を見ていた。そこにはエリオットの見覚えのない、茶色い物がついていた。


「この、肉に付けている調味料は何だ?」

「味噌よ。それは豚肉の味噌漬けって料理よ。冷めないうちに、どうぞ」

「み……そ? なんだそれは?」

「美味しい! やっぱり、サラって魔法使いだよ」


 不審がっているエリオットとは対照的に、ハンナは豚肉に齧り付いていた。


「良かった。ハンナちゃんが好きな味で……それに比べて、パパは食べないみたいだから、私たちでもらっちゃおうか?」

「やった! パパありがとう」

「ちょっと、待ってくれ、食べないとは言ってない」


 そう言うと、エリオットは慌てたように、口に放り込んだ。

 味わうように、何度も咀嚼し、飲み込んだ後、驚いたように口を開いた。


「美味しい。肉と言うものは塩を振って食べるだけだと思っていたが、なんだ、この甘みとうま味はそれに……」

「この味噌って言うのは大豆と塩で作れるのよ。こうやって、調味料として使う以外にも、お湯に溶かしてスープにすることもできるのよ」

「大豆なら、どこでも取れるが、煮て食べるかスープに入れるくらいしか知らなかった。豆が、こんな物になるのだな」

「そうよ、すごいでしょう」


 発酵令嬢として、自分の料理を褒められて、嬉しくてついつい、料理の説明を始めるサラ。


「でも、味噌漬けは、味噌だけじゃないのよ、お酒とお砂糖を混ぜた物で漬けているのよ。そして、そのうま味が肉に移るように少し寝かせておくの。でもそのままだと、味噌が乾燥しちゃうから、葉っぱでくるんでしばらく置いておくの。それを味噌ごと焼くことで、香りも立て、美味しくなるのよ」

「ちょっと、待て。今、酒って言ったか? なんで酒がここに……それを料理に使うって」

「あっ!」


 エリオットの言葉に、サラは思わず口を閉じた。

 この世界にもお酒はある。しかし、その製法は一級魔法使いと呼ばれる者たちで管理され、門外不出である。その上、生産されたお酒は王族の専売なのだ。

 つまり、こんな片田舎の女性が買えるようなものではないし、簡単に料理に使用できるようなものでもない。

 許可なく酒の売買を行うのは、重大な犯罪である。しかし、酒を造ることを取り締まる法はない。なぜなら、製法自体が秘密にされているためである。

 当然、サラが使っている味噌も酒も自家製なので、犯罪ではないのが、なぜサラがその製法を知っているのか説明が必要になる。

 そのため、サラは小さな嘘を付くことにした。

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