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第6話 エリオットは木を切る

「エリオット、木を切って、ペコと一緒に切株を引き抜いて欲しいの」


 サラは畑のすぐそばの木を指さした。普段は畑仕事の合間に、その木陰で休んでいる木だが、その一本を取り除くと、飛躍的に畑の大きさを広げられるのだ。

 しかし、なかなかサラの細腕では木を切ることも、そのあとの切株を取り除くことも困難だった。そのうち、村の人の男衆にお願いしようと考えていたのだが、村人といまだ信頼関係が築けていないサラはその作業自体、まだまだ先になると思っていた。

 エリックが力自慢だと言うのならば、その力を存分に発揮していただこう。

そうは言っても、エリックひとりで切るには相当の時間がかかるだろう。

 その間にこっそりと、堆肥を発酵させようと、サラはそこまで考えていた。

 そんなエリックは斧を手にして、木の周りをまわって、様子を見た後、サラに尋ねた。


「これは、向こうに倒せばいいのだよな」

「ええ、間違っても畑側に倒さないでね」

「大丈夫だ。畑側から切りつければ、木は向こう側に倒れるはず! おりゃーーーー!」

「ちょっと! 待って!」


 サラの言葉を待たずに、エリオットは畑側から思いっきり木に切りつけた。

 普通であれば、倒したい方に切り込みを入れ、何度も切りつけて切り込み側に倒すのだが、エリオットがただ一撃、切りつけただけで、木はゆっくりと倒れた。


 サラの畑の方向に。


「きゃー! 止めて!」

「危ない!」


 畑に倒れようとする木を受け止めようとサラを、エリオットは抱きかかえた、安全な場所まで移動した。


「何をしている! 危ないだろう」

「何をしているって、こっちのセリフよ。畑の方に倒さないでって、言ったじゃない!」

「うっ! それは申し訳ない。しかし、畑はまたやり直せばいいが、君に怪我でもあれば、取り返しがつかないだろう」

「それでも、大事な畑がダメになったら、生活ができないの。ただでさえ、ぎりぎりの生活なのに。あー、もう、こんなにしちゃって」


 畑の半分ほどを覆いつくした大木を見て、ため息交じりに文句を吐く。

 畑を増やそうとして、今の畑を台無しにされては本末転倒である。しかし、起こってしまったものはしょうがない。

 サラは気持ちを切り替えた。


「エリオット、さっきは助けてくれてありがとう。怪我は無い?」

「大丈夫だ、鍛えているからな!」

「はいはい、二人とも危ないからちょっとどいて~」

「ハンナちゃん、何を……って、え! ペコに乗って何しているの!?」


 サラは後ろを振り返ると、そこには黒牛の背に乗って、楽しそうにしているハンナがいた。

 いつの間にか牛舎からペコを連れ出したのだ。

 いくら大人しいペコとはいえ、所詮は牛。小さなハンナが振り落とされては怪我をしてしまう。

 サラは慌てて、ハンナの元に駆け寄った。


「ハンナちゃん、危ないから、ペコから降りて」

「大丈夫よ。ペコとは仲良しだもの。ねー。ペコ」

「モー」


 ペコは背中にいるハンナに声をかけられて、嬉しそうに声を上げる。

 ハンナとペコが仲良くなるのは嬉しいことだが、ペコはハンナのおもちゃではなく、家族であり、労働力である。

 サラはペコの手綱を取ろうと近づくと、ハンナに注意される。


「危ないよ、サラ。パパ、このロープで、その木を縛ってちょうだい」

「分かった」


 ハンナの意図を汲み取ったエリオットは、素直に指示に従い、ロープを木に縛り付ける。そのロープはペコにつながっており、ハンナの指示でペコは引っ張り始めた。


「頑張って、ペコ」

「モー」

「ほら、パパも頑張って、押してちょうだい。パパがやらかしたのだから」

「はいはい、分かったよ」


 倒れた大木をペコが引っ張り、エリオットが木を押し、ゆっくりと木が動き始めた。しかし、二人がかりでも重すぎる。


「私も手伝います」

「いや、サラは怪我をしているだろう。これは、俺のミスだ。任せてくれ」

「いえ、ここは私の畑です。私もやります」

「いや、俺たちに任せておけ」

「任せておけません」

「もー、パパもサラも、子供の前でイチャイチャしないの!」

「モー」


 サラとペコにたしなめられて、サラとエリオットは冷静になり、顔を見合わせた。すると、なぜか笑いが込み上げ、二人は顔を見合わせたまま笑い合った。

 今日一日だけでどれだけ笑っただろうか。もしかしたら、物心ついてから今日まで以上に笑ったかもしれない。貴族令嬢として愛想笑いは、山ほどしてきた。それこそジェラール王子の婚約者になってから、冷えた心のまま笑いの仮面を張り付けていた。

 一人暮らしになり、仮面は脱ぎ捨てたが、笑い合える人がいなかった。

 元貴族の犯罪者であるサラに、村人は冷たい。必要以上にかかわろうとしない。

 物言わぬペコだけが家族だった。

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